これは今年1月6日、山東省の沂蒙山(ぎもうさん)の農村で撮影された動画です。映っているのは、100歳前後とみられるおばあさんです。寒い屋外の椅子に座り、古びた綿入れを身にまとっています。服にはほこりがこびりつき、穴も空いていました。表情は疲れ切っていて、どこかぼんやりしています。バナナが何なのか分からないほど暮らしいの厳しさがうかがえます。

 この「バナナって何?」が、中国のSNSで一気に大きな反響を呼びました。カメラは淡々と、短くて率直な返事を記録しただけです。けれど、飾り気のないこの現実が、かえって多くのネットユーザーを強く揺さぶりました。公式が「貧困は全面的に解消した」と繰り返し宣言してから何年も経つのに、なぜ今も、最も基本的な食べ物すら十分に手に入らない人がいるのでしょうか。そんな不安と衝撃が広がったのです。

中国が強調する「革命の根拠地」

 動画が撮影された沂蒙山地域は、中国共産党にとって特別な意味を持つ場所です。ここは「革命の根拠地」と呼ばれ、長年、象徴的な地域として宣伝されてきました。中国当局の宣伝では、当時の沂蒙地域から「20万人以上が軍に入隊して戦い、120万人以上が軍を支え、10万人が命を落とした」とされ、中華民国政府と対抗するうえで重要な拠点の一つだったと説明されています。

 現地には、当時軍を支えた女性たちをたたえる「沂蒙紅嫂記念碑(ぎもうこうそうきねんひ)」も建てられています。

 地方政府は時折、高齢者を集めて取材を受けさせ、「最後の一杯の米を軍糧に、最後の息子を戦場に送り出した」といった話を語らせています。

 ところが、今回の動画に映った100歳前後のおばあさんは、そうした時代を実際に生きた当事者である可能性が高いのです。年齢から逆算すると、生まれは1920年代で、中華民国時代、戦争時代、計画経済時代、そして改革開放以後の数十年という大きな社会の変化を、ほぼすべて体験してきたことになります。

 つまり彼女の人生は、中国当局が語ってきた「国民が主人公になり、暮らしが良くなり続けた」というすべての段階を、ほぼ丸ごと覆っています。にもかかわらず現実は、100歳を超える彼女が、バナナというありふれた果物すら知らなかったのです。

「脱貧困」の数字の裏側 農村の高齢者が置かれた現実

 公式に公開されている情報によると、2021年に中国当局は「絶対的貧困の問題を歴史的に解決した」と発表しました。同年、沂蒙山地域も、貧困対策の重点村95村がすべて「貧困から脱却」し、貧困として登録されていた36000人も「全員が脱貧困した」と対外的に宣言しています。

 統計の上では、動画に映った100歳前後の女性も、「すでに脱貧困した人」に含まれている可能性が高いはずです。ところが、複数のブロガーが現地で取材した内容を見ると、農村の高齢者の暮らしぶりと「脱貧困」という基準の間には、はっきりしたズレがあることが分かります。

 高齢者:1年で約22000円(1000元)あまりだ。月に約3600円(160元)、10か月なら約36000円(1600元)だろ。これで十分だ
 ブロガー:十分ですか?
 高齢者:食べるには十分だ。

 では、その「食べるには十分だ」とは、どんな食事なのでしょうか。別の高齢者は、こう答えました。

 「何を食べるって、1年に22000円ちょっとの金で、庶民は何を食べるんだ。サツマイモを2つ掘って、トウモロコシを2本折って、自分で育てた野菜を足すだけだ。市場に行って羊肉を食べるとか、レストランに行くとか、払える人が何人いる?もし本当に食べたら、食べた後は水さえ飲めなくなる。条件のいい家ならできるが、畑をやる俺たちには無理だ。信じないなら、村の人に聞いてみろ。俺くらいの年で畑をやっている人に聞いてみろ。

 子どもが都市で稼げる家なら、老人に生活費を渡せる。稼げない家は、一年一年、歯を食いしばって持ちこたえるしかない。せめて国が少し金をくれるから、米や食べ物を少し買える。病気や災害がなければまだ何とかなるが、俺みたいに、俺も妻も病気で、薬を買うことが多い。金がどんどんかかる。そんな状態で、何かいいものが食べられると思うか」

 また、別の70歳のおじさんは本音をはっきり口にしました。支給される年金は、むしろ自分たちから取り戻される額のほうが多いというのです。

 ブロガー:こんな急な坂で、荷車を押しているんですね。おいくつですか?
 男性:もうすぐ70だよ。一生働いてきた
 ブロガー:いつまで働くんですか?
 男性:歩けなくなったらやめるよ。ははは
 ブロガー:いまは政府がお金を出してるでしょう。年金があるのに、なんでまだ働くんですか?
 男性:ああ、あの程度の金か。あれは、取り戻される額のほうが多いよ
 ブロガー:取り戻されるって、どういうことですか?
 男性:ああ、毎年、医療保険だけでも結構な金を払う。しかも毎年上がるんだ。こんなのたまらない。払えないよ。収入がなかったら、どうやって払えるんだ

 ここは沂蒙山の市場です。多くの高齢者が、自分で育てた穀物や野菜を売っています。この動画を投稿したブロガーは、こう話しています。「俺たち沂蒙山の農村では、老人は都市の定年者みたいに、年金があって老後が保障されているわけじゃない。農村の老人は、自分の手で生計を立てなきゃいけないんだ。命ある限り働き続けなければならないんだ」

 身寄りのない独り暮らしの高齢者にとっては、生きているだけでも簡単ではありません。1人暮らしの100歳のおばあさんは、近所の人にこう頼んでいました。「うちの煙突から煙が出なくなったら、見に来てちょうだい」

 彼女を訪ねたネットユーザーは涙ながらにこう言いました。「煙突の煙が、ずっと上がり続けますように」

誰がこれらの高齢者を支えるのか

 沂蒙山では、高齢者たちは「歴史を語る象徴」として扱われる一方で、現実の社会では最も弱い立場に置かれている人たちでもあります。ある意味では、彼らは繰り返し「赤い教育」の宣伝に動員されます。けれど制度の面では、基本的な尊厳を守れるだけの介護や医療の支えが、長い間足りていないという現実があります。

 複数の発信者が記録しているのは、地元の市場で、食べ物を買わずにただ屋台の前に立って見ている高齢者が少なくないことです。

 ある女性書道家は、市場で、食べ物を買うお金がない高齢者に出会い、自分の財布からお金を出して食べ物を買ってあげました。高齢者は何度も礼を言い、静かに立ち去ったといいます。

 女性書道家:おじいさん、これを買いたいんですか?これが食べたいんですか?
 高齢者:うん。
 女性書道家:私が買ってあげるね。
 女性の店主:まあ、よかった。本当にありがとう、お嬢さん。
 高齢者:ありがとう。
 女性書道家:どういたしまして。

 しかし、もっと多くの高齢者は、そんなふうに助けてもらえるわけではありません。食品の屋台の前で長い時間躊躇し、結局、買えないまま背を向けて立ち去っていきます。買いたいのに、金がありません。そういう気まずさと苦しさは、農村の高齢者にとって、特別な出来事ではなく日常になっています。
ある高齢者は、カメラの前で独り言のようにこうつぶやきました。「もう何の望みもない。何の望みもない」

(翻訳・藍彧)