家を借りず、買わず、代わりに5つ星ホテルを選ぶ!

 北京では、節約のために娘と共にホテルから通学するシングルマザーが登場しています。高騰する学区房を避け、生活費まで抑えられるという予想外の理由から、ホテルを自宅にする新しい暮らし方が注目を集めています。

北京のシングルマザー 娘と共に5つ星ホテルで通学

 北京の東二環にある5つ星ホテルで、シングルマザーのSherry(シェリー)と小学生の娘ベイベイは、すでに3年間暮らしています。月曜日にホテルへ入り、金曜日にチェックアウトして通州区の家へ戻るという生活です。ベイベイは小学1年生の頃から、学校とホテルを往復する日々を続けてきました。

 Sherryは、自分たちの生活を「出張に近い」と表現しています。約60平方メートル(約18坪)の客室には、シングルベッドが2台、ソファ、デスク、ウォークインクローゼット、独立したバスルームが備わっています。さらに、ハウスキーピング、ジム、プールなどのサービスも充実しています。

 一見すると贅沢に見えるこの生活ですが、経済的にはむしろ大幅な節約につながっているといいます。Sherryによれば、ホテル側との交渉で特別料金を得られたため「オフシーズンは通常価格の3割ほど」で利用でき、3年間の総費用は約160万~180万円(約8万~9万元)です。一方、学区内の住宅を購入すると、少なくとも数千万円(数百万元)は必要だと考えています。

 また、ホテル暮らしによって節約できた出費も少なくありません。ホテルには無料の朝食と昼食があり、3年間で食費は約100万円(約4.5万元)浮いたといいます。さらに、安くて質の良いコーヒー、清掃サービス、駐車場代、ジムやプールの会費などを別途支払う必要もありません。

 安全面や精神的な安心感も、Sherryがホテルを選ぶ理由の一つです。シングルマザーである彼女にとって、24時間対応のフロントやセキュリティ体制は大きな安心につながります。賃貸住宅ではこうした環境を整えるのは簡単ではありません。「ここに住んでいると本当に安心できる」と彼女は話します。

 とはいえ、この生活にも欠点はあります。長期間ホテルに暮らすと、どうしても「生活感」が薄くなることです。ホテルは効率的で快適ですが、家のような自由さや雑多さはありません。娘のベイベイはペットを飼いたがっていますが、ホテルの規則ではほぼ不可能です。

 Sherryにとって、この住まいの選択は節約のためだけではなく、自分の価値観に基づく能動的な判断でもあります。彼女は、「学区内の住宅を買う」という従来の常識がすでに崩れつつあると感じており、お金を住宅ではなく生活の質と安定充てるに使う道を選んだのです。

若者がホテル暮らしを選ぶ時代へ

 Sherryの事例は極端に見えるものの、決して特別ではありません。近年、「ホテルに長期滞在する」という暮らし方を選ぶ若者が増えており、特に大都市の新卒社会人やフリーランサーの間で広がっています。

 成都市、杭州市、広州市などでは、卒業したばかり、あるいは入社したばかりの若者が、賃貸住宅の代わりに長期のホテル契約を結ぶケースが増えています。成都市で大学実習をしていた4年生の高月(こう・げつ)さんもその一人です。実習先は錦江区にあり、同僚の勧めで近くのホテルに住むことを決めました。水道光熱費やネット代、仲介手数料に悩む必要がなく、物件探しや長期契約の手続きを省ける点が大きな魅力だったといいます。

 四川省のオンライン記者によると、そのホテルは彼女に「カバン一つで入居できる」便利さを提供しており、毎日清掃とシーツ交換があり、水道・電気・ネットもすべて込みです。高月さんは当時を振り返り「保証金や仲介手数料、それに細かな費用まで払うくらいなら、ホテルの方がマシだと思った」と話します。

 別の例では、薇薇(ウェイウェイ)さんという若い女性が、3か月の出張のため杭州市でホテル暮らしを選びました。彼女が借りたのはキッチン付きのスイートルームで、生活に必要な設備がひと通り揃っています。仕事から戻ると、バスローブ姿のままホテルのプールに行き、荷物の受け取りはスタッフが部屋まで届けてくれます。「賃貸より手間がかからない」と彼女は話します。

 また、パソコンやネットを使う仕事のフリーランスも、都市間を移動しながらホテルを拠点しています。短期・中期契約による移動の自由度を重視する若者が増えていると報じるメディアもあります。仕事の案件に合わせて都市を変え、そのたびに住むホテルも変えるというライフスタイルです。

 新浪財経の取材では、羅雯(ら・ぶん)さんという若い女性の例が紹介されています。彼女は賃貸住宅で、頻繁な修繕、トラブル対応、保証金問題に悩まされ続けていましたが、思い切ってホテル暮らしに切り替えました。月額約14万円(6500元)の特別料金で入居でき、水道・電気・ネット・清掃サービス込みで、保証金も不要で手続きは簡単です。「ホテルは安全で、何より精神的な負担が減った」と語っています。

 一方、ホテル業界もこうした新しい需要に積極的に応え始めています。星付きホテルから中級ホテルまで、長期滞在向けの割引プランを次々と打ち出し、月額料金は通常の宿泊より大幅に安く設定されています。洗濯、清掃、朝食などのサービスを整え、ホテル内に交流用のコミュニティスペースを作る取り組みも始まっています。

若い世代が変え始めた「住」の価値観

 なぜ賃貸や住宅購入ではなく、ホテルを選ぶ若者が増えているのでしょうか。複数のメディアの分析では、主に二つの理由があるとされています。

 一つは、経済的な重圧と資産観の変化です。中国では長年住宅価格が高止まりし、若者にとって家を買うハードルは非常に高いままです。かつては学区内の住宅が当然の「必需品」とされていましたが、価格変動や家計のリスク増加により、その前提が揺らぎ始めています。北京のSherryのように、学区内住宅の購入より「ホテルに暮らしの方が経済的」と判断する親も現れています。住宅ローンに縛られたくない若者にとっても、ホテルの協定料金なら高額な頭金、ローン金利、管理費、修繕費といった長期コストを避けることができます。

 二つ目は、消費価値観の多様化です。若者の消費行動は分岐し、より高い体験価値を求める一方で、資産の分散化やミニマリズムを志向する層も増えています。時間やお金を「体験」「成長」「自由」といった価値に振り向け、不動産のような重い資産に縛られない生き方が広がっています。メディアが指摘するように「消費の多様性がホテル業界の構造を再構築している」のです。

 若い世代が選び始めたこの新しい暮らし方は、広い社会心理を反映しています。彼らは安定を求めながらも、旧来の方法で未来を「買い取る」ことは望まず、変化を受け入れつつ、その漂うような生活のなかで自分の居場所を探しています。この複雑な矛盾の中で、新しい「住まいの時代」がゆっくりと訪れつつあるのかもしれません。

(翻訳・藍彧)