冬の早朝、霧がまだ立ちこめる郊外の道路を一台の大型トラックが走行していました。その直後に起きた出来事は、中国のSNSで瞬く間に拡散し、多くの人々に衝撃を与えました。経済減速と財政難が深刻化する中国では、地方政府が市民への負担を強め、罰金や各種手数料が年々重くなっています。社会全体が張りつめた空気に包まれる中、ある地域で交通警察官がトラックを強制的に停止させようとして轢かれ、死亡するという事件が発生しました。この悲劇は、いまの中国社会に積み重なっている不満と圧力の深刻さを象徴するものだと受け止められています。

 拡散されたドライブレコーダー映像によると、パトカーは前方の大型トラックを停車させようとサイレンを鳴らしながら追跡していました。しかし運転手は減速せず、左右に車体を振って逃走を続けます。最終的にパトカーが道路中央で進路を塞ぎ、警察官が車外に出て運転席のドアを叩き、降車を指示しました。ところがその瞬間、運転手は突然ハンドルを切って警察官をはね飛ばし、続けてアクセルを強く踏み込み、そのまま警察官の体を轢過しました。警察官は即死し、トラックは高速で逃走。路面には長い血痕が残り、現場を目撃した市民は言葉を失ったといいます。運転手は今も逃走中とされています。

 この事件は海外でも大きな反響を呼びました。「官が民を追い詰めれば、民は反発するしかない」「人の体でトラックを止めようとするのは無謀だ」といった声のほか、「中国の大型トラック運転手は長年、不透明な罰金制度に苦しめられ、今回の事件は積み重なった不満の爆発だ」と分析する意見も見られます。

 実際、近年の中国では経済悪化と失業率上昇を背景に、物流業界が深刻な打撃を受けています。多くの運送会社で車両は長期間稼働せず、運転手たちは「荷物が減った」「運賃がプラットフォームに買いたたかれる」と不満を漏らし、家計の維持すら難しくなっています。こうした状況で高額の罰金を科されたり、検問で車両を止められたりすれば、家庭の収入が一瞬で途絶えることを意味します。そのため、罰金を避けようとして検問を突破する運転手も少なくなく、警察車両への衝突や検問所の破壊といった事件が各地で相次いでいます。追い詰められ、自暴自棄となり、極端な行動に走るドライバーが出るのも珍しいことではありません。

 こうした背景には、地方財政の逼迫があります。中国財政部が公表した2024年の財政データによれば、全国の一般公共予算収入のうち非税収入は4兆4,730億元で、前年比25.4%増加しました。その中でも罰没収入は14.8%増と大きく伸びています。地方政府が財源確保のために罰金へ依存する傾向が強まっていることが数字にも表れています。

 さらに、騰訊網の報道によれば、2023年末には広西チワン族自治区防城港市の財政局長が交通警察支隊を視察した際、「予定された収入目標の達成」を求めたとされています。これは取締りの強化や監視カメラの増設、検問増加など、罰金収入を確保するための圧力を意味します。2024年第1四半期の全国財政収入が2.6%減少した一方で、罰没収入を中心とした非税収入が10.1%増加したことからも、その依存度の高さがうかがえます。専門家からは「背筋が寒くなる数字だ」との指摘もあります。

 一般市民の不満も高まっています。広東省の住民は「交通警察は町中のあらゆる交差点に潜み、罰金の機会を絶対に逃さない。木陰や壁の裏に隠れて待ち伏せしている強盗のようだ」と語ります。また、正式な罰金は銀行を通じて公帳に入るものの、非公式に受け取られる“裏金”の存在が疑われ、“小金庫”として流用されている可能性も指摘されています。

 河北省の住民は「黒社会は取り締まられて保護費を取らなくなったが、今はそれよりも厳しい取り立てが始まっている」と嘆きます。湖南省でも今年、小規模事業者への取締りが急増し、当局は「一人たりとも逃さない」と強調しているといいます。経済的に最も弱い立場にある人々への圧力は強まり、「これでは鶏を殺して卵を取るようなものだ」との不安が広がっています。

 日本の読者にとって、行政が財政難の穴埋めとして罰金に依存し、その負担が最終的に末端の労働者を直撃している現状はにわかに信じがたいものかもしれません。しかし今回の大型トラックによる轢殺事件は、単なる一つの刑事事件ではありません。長年続く経済低迷、制度の硬直化、慢性的な財政不足、そして過度な取り締まりによって、中国社会の底辺に生きる人々がどれほど追い詰められているのかを、あまりにも生々しい形で浮き彫りにしました。積み重なった圧力が限界を超えれば、次に何が起きても不思議ではありません。そんな不安を抱かせる事件だったと言えるでしょう。

(翻訳・吉原木子)