「正々堂々」という言葉は、日本人にとって非常に馴染み深い四字熟語です。響きが良く、正義と道理に満ちた印象を与えますが、その真の由来をご存知でしょうか。
実は、「正々堂々」は『孫子・軍争』から由来する、兵法と深くかかわる言葉なのです。
兵法としての「正々」と「堂々」
『孫子』は春秋時代の孫武が著したとされる、世界的に有名な古代中国の兵法書です。戦争の態勢を分析し、軍事作戦のさまざまな戦略・方法を論じ、「兵法書の祖」とされています。その中の「軍争」篇では、勝利を収めるための4つの要諦として、「治気」「治心」「治力」「治変」が論じられています。
「治気(ちき)」とは、敵軍が帰還を待ち望み、最も油断しているタイミングを選んで攻撃すること。「治心(ちしん)」とは、敵軍の心が乱れ不安になっている時に攻撃すること。「治力(ちりょく)」とは、自軍は十分な休息をとって敵を待ち受け、疲弊した敵軍を迎え撃つこと。「治変(ちへん)」とは、敵軍の軍容が整然として盛んな時は、無謀な攻撃を避けること①。
このうち「治変」の部分で、「正正の旗を邀(むか)わず、堂堂の陣を撃たず」という記述があります。ここでの「正正」は「厳整(厳格で整然としている状態)」、「堂堂」は「壮盛(勢いが盛んで力強い状態)」を意味します。つまり、「正正之旗」「堂堂之陳」は、強大で整然とした、堂々たる軍容を形容しています。軍容が完璧に整い、一点の隙もない強大な敵とは真っ向から衝突してはならない、という極めて現実的な戦術を指していました。これが後世の中国語の「堂堂正正」および日本語の「正々堂々」の語源となり、現代では「光明正大」「堂々と正々しく」という意味で使われています。

兵法から「生き方」の指針へ
時代が下るにつれ、この言葉は単なる軍事用語を超え、道徳的な意味合いを帯びるようになります。
宋代の思想家・陳亮は「堂々とした陣、正々とした旗は、正兵(正義の軍)でなければなし得ない②」と述べています。ここでいう「正兵」とは、規律ある軍隊であると同時に「道義にかなった軍隊」をも指しています。
人としての生き方に照らせば、「正々」とは正しい道理・正道に従って行動することであり、「堂々」とは光明磊落であること、つまり、私心がなく、胸襟が広く、卑怯なことをしない態度を意味するようになりました。
清代の学者・梁紹壬は、聖人が字を書く時、一点一画のすべてには「堂堂正正」であることを例として、単に心が正しく念が正しいだけでは足りず、行動の一挙手一投足までもが正々堂々でなければならないと説いています③。
個人的な利益などのために動く時、出発点が必ずしも正しい道理に合致しているとは限りません。たとえ目標が正義であったとしても、手段に不正があれば、それは「堂堂正正」とは呼べません。思想や行動に潜むわずかな不純さは、やがて人を堕落させる要因となります。だからこそ、人は常に自らを律し、慎まなければならないのです。
結びに
混迷を極める現代社会において、己の信念を正道に置き、一念一念を堅く守り続けること。それこそが、人間としての品格を育み、生命をより高い次元へと引き上げる出発点となるのではないでしょうか。
註:
①三軍可奪氣,將軍可奪心。是故朝氣銳,晝氣惰,暮氣歸。故善用兵者,避其銳氣,擊其惰歸,此治氣者也。以治待亂,以靜待譁,此治心者也。以近待遠,以佚待勞,以飽待飢,此治力者也。無邀正正之旗,勿擊堂堂之陳,此治變者也。(三軍の気は奪うことができ、将軍の心は奪うことができる。ゆえに朝の気は鋭く、昼の気は惰け、暮れの気は帰る。ゆえに善く兵を用いる者は、その鋭気を避け、その惰帰を撃つ。これを治気という。治をもって乱を待ち、静をもって譁を待つ、これを治心という。近をもって遠を待ち、佚をもって労を待つ、飽をもって飢を待つ、これを治力という。正正の旗を邀わず、堂堂の陣を撃たず、これを治変という。)
②其陣堂堂,其旗正正,此非正兵不能然也。(『酌古論・四<李靖>』より)
③『兩般秋雨盦隨筆・卷三<子同生>』より
(翻訳・慎吾)
