米中間の緊張が続くなか、中国共産党や中国軍と深いつながりを持つ中国企業を米国の証券市場から締め出す動きが始まっています。
5月2日、米共和党のリック・スコット上院議員とジョン・ムレナール下院議員は、米国証券取引委員会(SEC)のポール・アトキンス委員長に書簡を送り、米国で上場している25の中国企業に対し、適切な措置を講じるよう求めました。
議員らは、これらの中国企業は中国共産党や中国軍と密接な関係を持ち、米国の国家安全保障上の脅威になり得ると指摘しました。そして、米国の投資家にとって「容認できないリスク」をもたらしていると述べました。
中国企業は「邪悪な目的のために動く」
米議会の動きを真っ先に報じたのは、英国紙「フィナンシャル・タイムズ」でした。報道によると、米下院「対中戦略特別委員会」の委員長ジョン・ムレナール氏と、上院「高齢化問題特別委員会」の委員長リック・スコット氏は書簡の中で、中国企業は「一見すると商業目的の民間企業だが、最終的には中国当局の『邪悪な目的』のために動いている」と強く批判しました。
今回名指しされた企業には、中国のIT大手の「アリババ」や「バイドゥ」、ネット通販大手の「JDドットコム」、大手SNSの「ウェイボー」、自動運転技術の「小馬智行(Pony.ai)」、光学技術を手がける「禾賽科技(ホーサイ・テクノロジー)」、テンセント傘下の「テンセント・ミュージック」、さらに太陽光発電材料を製造する「大全新能(ダコニューエナジー)」などが含まれています。
書簡では、「これらの企業は米国の資本市場を利用して資金を調達しながら、裏では中国当局のために働き、中国軍の近代化や人権弾圧を支援している。これは米国の投資家にとって『容認できないリスク』をもたらす」と記しています。
議員らはまた、中国共産党がこれらの企業をどの程度支配しているかが体系的に隠蔽されており、米国の投資家はその実態を知らされていないと指摘しました。そのうえで、米国証券取引委員会に対し、「外国企業説明責任法(HFCAA)」に基づく権限を行使し、これらの中国企業の証券登録を抹消するとともに、米国内での取引を直ちに停止させるよう求めました。
今回名指しされた中国企業の中で、アリババ、バイドゥ、JDドットコムの3社は、いずれも数千億ドル規模の時価総額を有しており、市場に与える影響は極めて大きいものです。
たとえば、「小馬智行(Pony.ai)」は中国における自動運転技術の有力企業であり、国有資本を背景とする複数のファンドから出資を受けています。また、テンセント・ミュージックは米中間の文化交流の要とも言われており、大きな影響力を持っています。
こうした企業の多くは、ナスダックやニューヨーク証券取引所に上場しており、米国の豊かな資本市場と国際投資家の資金の恩恵を受けてきました。
米中経済安全保障調査委員会(USCC)の統計によると、2025年3月時点で、米国に上場している中国企業は286社にのぼり、時価総額の合計は1兆1,000億ドル(約160兆円)を超えています。
米国議会は2020年、「外国企業説明責任法(HFCAA)」を成立させ、すべての外国企業に対して、米国の公開会社会計監督委員会(PCAOB)による監査を受けることを義務づけました。外国企業説明責任法では、外国企業が3年連続で米国の監査基準を満たさない場合、上場廃止にすると定められています。
中国企業に対する監査について、中国当局は米国側と暫定的な合意に達し、一部の中国企業に対して限定的な監査が実施されました。
中国株、高まるリスク
米ブルームバーグによると、モルガン・スタンレーやジェフリーズ、JPモルガン、UBSなど複数の金融機関は相次いでリポートを発表し、米国市場に上場している中国企業株の一斉上場廃止がもたらすリスクについて分析しました。
モルガン・スタンレーのストラテジストであるローラ・ワン(Laura Wang)氏の分析によると、全ての中国株が一斉上場廃止となった場合、中国の株式市場は全体的な下方修正を迫られる可能性がある、と指摘しています。さらに、香港市場が一部の流動性を吸収できたとしても、米中の金融デカップリングが進めば、長期的には投資家に深刻な損失を与えると分析しました。
ジェフリーズのアナリストは、米国は中国に対して2つの強力な手段を取ることができると述べています。一つは中国株の上場廃止、もう一つは米国資本の中国主要産業への流入禁止です。これらの措置は単なる経済的な判断にとどまらず、安全保障政策の一環であるという見方を示しました。
報道によると、米国証券取引委員会は、取引の一時停止や上場廃止命令といった措置のほか、中国企業の米国における登記を抹消する権限を持っています。これらの措置がホワイトハウス主導で実施された場合、その法的効果と政治的な影響は広範囲に及ぶと考えられています。
米国家安全保障会議(NSC)で中国担当の上級ディレクターを務めたロジャー・ロビンソン氏は、米国が長年にわたって資本市場を通じて「意図せずして中国という戦略的ライバルを支援してきた」と指摘しました。そして、今まさにその行為が見直されつつあると述べました。
ロビンソン氏はフィナンシャル・タイムズの取材に対し、「米国が中国共産党の不公正な貿易慣行に対して徐々に寛容さを失ったのと同様、今や資本市場における寛容さも確実に後退している」と語りました。
さらに、米財務長官のスコット・ベッセント氏は4月、テレビ番組「FOXビジネス」のインタビューを受けた際、「もし中国が通商交渉で譲歩しなければ、すべての中国株を上場廃止にする選択肢も排除しない」と発言しました。この姿勢は、米国の議員らの動きと呼応しており、中国株を取り巻く規制環境が一段と厳しくなることを示唆しています。
交錯する関係者らの思惑
中国企業にとって、米国証券市場での上場廃止は、世界最大の資金調達プラットフォームを失うことを意味し、資金調達能力に深刻な打撃を与える可能性があります。近年、多くの中国企業は香港証券取引所で上場しており、米国市場からの撤退に備えた動きが見られています。
今後、米国政府が中国企業に対して全面的な上場廃止を求める事態となれば、中国株は香港市場や中国本土のA株市場への移行を迫られる可能性があります。
一方、投資家にとっても、不確実性が大きく高まっています。中国企業の上場廃止のリスクが現実化すれば、投資先としての選択肢が狭まるだけでなく、保有資産の評価額が下がり、売買が困難になるリスクを抱えることになります。
中国株をめぐる米中間の動きは、単なる市場のルールをめぐる争いにとどまらず、国家間の戦略的競争という側面も持っています。米中関係の緊張が一段と高まるなか、企業の運命はもはや市場の動向だけでは決まらず、地政学や安全保障といった要因にも大きく左右されかねない状況にあります。
(翻訳・唐木 衛)