「自分の目で見るまでは、前がなぜ渋滞しているのか絶対に分からない」
もともとは道路の混雑を揶揄するための軽い冗談でした。ところが最近、この言葉が中国のSNS動画で頻繁に登場するようになりました。その矛先となっているのが、ここ数年で急速に普及した無人配送車です。
2025年上半期の時点で、中国全国ですでに103の都市が無人配送車の走行を正式に認め、保有台数は6000台を突破しました。前年から5割以上の増加です。本来はラストワンマイル物流の効率化を担うはずでしたが、実際には多くのドライバーを悩ませる新たな都市の障害物として扱われています。自動で動くはずなのに、肝心な時に前へ進まない。そんな動く路上障害物が次々と道路をふさぎ、ここ数か月は渋滞や急ブレーキ、逆走、さらには事故まで相次ぎ、連日ニュースで取り上げられる事態となっています。
なぜ無人配送車は前に進めないのか?
メーカーの宣伝では軽快で機敏なイメージとは裏腹に、現実の無人配送車は全く異なる姿を見せています。進もうとしない、スピードが出せない、障害物に出会うとすぐ停まる――そんな動きが日常的に起きているのです。
ここ一年、多くの都市で無人配送車が道路の障害物になる場面が相次いでいます。あるドライバーが撮影した動画では、何の障害もない道路なのに無人車が時速5〜6キロほどの歩くような低速で慎重に進み続けていました。典型的な光景は、無人配送車が道路の真ん中で停止し、その後ろに車列が延々と伸びるというものです。
業界関係者によると、これは偶然ではなく、アルゴリズムが採らざるを得ない基本戦略だといいます。前方の状況が少しでも不明確なら、とりあえず停止します。責任の所在が曖昧で、万が一の際の補償負担も大きい現状では、無人車にとって止まることが最も安全な選択だからです。
自動運転システムの判断基準は、止まれるなら止まる、速く走れる状況でも安全が確実でなければスピードを上げないというもので、これはシステムに組み込まれたリスク回避の結果なのです。
業界でよく使われる言葉があります。
「実験場から街中に出た瞬間、道路の難易度は直線的ではなく指数関数的に跳ね上がる」
実験場のような閉鎖空間では、注意すべきものは看板か停車している車くらいです。しかし街中では、逆走してくる電動バイク、突然飛び出すペット、予測不能な三輪車、道路脇で遊ぶ子どもなど、人間なら瞬時に察知できる非構造化された要素が無数に存在します。人間のドライバーなら相手が進むのか止まるのかを判断できますが、機械にはその能力がありません。
現在の無人配送車の多くは、物体の位置や距離を認識する段階にとどまり、次の一秒、その物体がどう動くかを予測する能力が十分ではありません。人や物を見分けることはできても、次にどう行動するか――立ち止まるのか、進むのか、突然横断するのか――といった意図の読み取りは苦手です。そのため、少しでも判断に迷えば停止を選ぶ傾向が強くなります。
この仕組みが結果として、無人配送車のギクシャクした走行につながっています。走っては止まり、また急ブレーキを繰り返し、時には誤認識によってその場から動けなくなることも珍しくありません。
無人配送車はなぜ「臆病」なのか?
技術的な課題だけでなく、コスト削減の圧力が車両の性能をさらに軽量化する方向へと向かわせています。
業界関係者によると、ここ数年、無人配送車の競争が激化し、メーカーは可能な限りハードウェアのコストを削ろうとしています。特に高精度のレーザーセンサーは1つで車両価格の大きな割合を占めるほど高価です。商業化で価格競争力を持つため、多くの企業がレーザーセンサーを減らし、代わりにカメラを多用する方向に舵を切りました。例えば、美団(Meituan)の約880万円(約40万元)の構成から、新石器(Neolix)が約130万円(約6万元)の低コスト仕様への切り替えたことがその典型です。
カメラは基本的に人間の目の代わりであり、AIが映像を解析して距離を推測します。一方、レーザーセンサーは光を照射して正確な距離を測る仕組みです。推測に頼る割合が増えれば増えるほど、無人車は判断しきれない状況に陥りやすくなります。
こうしたハード面のグレードダウンが招く直接的な結果は、認識が不確かになればなるほど、アルゴリズムがリスク回避のために止まる判断を下しやすくなることです。本来は配送の効率化に貢献すべき無人車が、コスト削減の影響でスピードを出せず、必要以上に慎重になり、結果として道路全体の流れを阻害するケースが増えています。つまり、無人車が遅くなっている背景には、商業化に伴う安さ競争があるということです。
さらに、無人配送車には人間のような「駆け引き」ができません。
人が車を運転する際は、経験と空気感に基づいた小さな判断の積み重ねで流れが生まれます。わずかな車線逸脱、探るような前進――こうした暗黙のルールが都市部のスムーズな交通を支えています。
しかし無人配送車の判断は安全か不安全かのどちらかしかありません。グレーゾーンが存在しないため、人間なら迷わず通過する場面でも無人車は迷い、ためらい、ついには停止します。
業界内ではこうした指摘もあります。
「人間ドライバーのスムーズな運転は駆け引きで成り立っているが、無人車は厳格なルールに縛られてしまう」
責任不明・法整備の遅れ
技術面やコスト面の問題のさらに奥には、無人配送車をめぐる制度上の根本的な課題――事故時の責任がはっきりしないという問題があります。
現在、中国には無人配送車に特化した全国統一の法律がなく、事故が起きても既存の道路交通安全法や各地の試験運用ルールに頼るしかありません。つまり、何かトラブルが発生した時に誰が責任を取るのかが非常に分かりにくい状況です。
こうした法的なグレーゾーンは企業にとって大きなリスクとなっています。賠償負担の不確実性、社会的な批判、どちらも企業が警戒せざるを得ません。この環境下では、エンジニアの判断にも直接影響が及び、システム全体がとにかくリスクを避ける方向に傾きます。
研究者はこう指摘しています。
「責任の所在が不明確な限り、アルゴリズムは永遠にゆっくり・慎重な方向へ進む」
つまり、技術のアップデートだけで無人配送車が街中に自然に溶け込むことは難しいということです。
いま街頭で起きている無人配送車の集団崩壊は、技術が突然ダメになったわけではありません。むしろ、商業化のスピードが技術の成熟を追い越し、法制度の整備や社会の受け入れ度合いを超えてしまった結果です。
本来、社会が耐え続けるべきなのは無人車がゆっくり走ることではなく、技術と制度の未整備そのものなのかもしれません。
場合によっては、無人配送車の運用を一度立ち止まり、技術とルールが整ってから再び導入すべきだという議論にも一定の説得力があります。
(翻訳・藍彧)
