1949年、中国共産党が中国大陸を占拠したため、中華民国総統である蒋介石(又は蔣中正、1887年―1975年)は六十万人の兵士と民間人を引率して台湾に渡った。その後26年間にわたる努力を通して、蒋介石は台湾を中華伝統文化の拠点に仕立て上げた。

蒋介石の養子の蒋緯国(1916年―1997年)は「私の父親:蒋中正」という本を書いた。この本は蒋介石が台湾に対する貢献を記載している:
・中華民国の憲法
・80トンの黄金と120トンの白銀
・6,800人の文化、技術、政治及び経済界で活躍するエリート
・60万の人口―軍人、軍需工業従事者、商人及び一般市民
・60万件の国宝

蒋介石の台湾に対する貢献はそれにとどまらず、中華文化の復興にも力を注いだ。

蒋介石は学生が民族主義と道徳を勉強すべきだと考えた。彼は周王朝(前1046年―前771年)時代の学生が学んだ「六芸」に言及した。周の「六芸」は礼儀、音楽、弓術、御法(馬車を操る技術)、書道そして算術である。「六芸」を習得すれば学生は健康な身体を持ち、道徳性を高められ、知恵を持ち戦いで勝利できる。さらに蒋介石は中華伝統文化の「六徳」も薦めた。「六徳」とは父慈、子孝、兄友、弟愛、夫義、婦順だ。

蒋介石は子供が小学校から高校まで唐代の詩と宋詞(中国の宋代に盛行した韻文)を勉強することを提唱した。彼は学校の授業が「礼・義・廉・恥」に関する内容を含めすべきことを指示した。中華伝統文化が台湾社会に根付いているのはそのためだろう。

蒋介石は音楽の鑑賞をも提唱した。彼は小学校から大学まで音楽の授業を行わなければならないと主張した。そのため、台湾の各県には設備の整ったコンサートホールやオペラハウスが建設され、今日では多くの台湾人が倫理道徳と共に音楽の教養を持っている。

つまり、蒋介石の努力が現代台湾人の伝統文化の教養に一定程度貢献しているといっても過言ではないのだ。

注:
蒋介石の写真の所有権は中華民國總統府に帰属します。

(翻訳・黎宜明)