「共産党は今すぐ退陣しろ。習近平は今すぐ出ていけ!」これは街頭デモで叫ばれたスローガンではありません。北京市公安局の110番通報システムに正式に提出され、実際に受理された実名通報の内容です。

 通報したのは誰なのでしょうか。そして、なぜ危険を承知で、自分の本名をこの言葉と結びつけ、中国共産党の最高権力中枢の目の前に突きつけたのでしょうか。その答えは、広西チワン族自治区で起きた、当局が必死に被害を小さく見せようとしている洪水災害の中に隠されています。

 7月21日午前1時7分、Xアカウント「牆國蛙哈哈(しょうこく・わはは)」は、実名で北京の110番に習近平を通報したと投稿しました。公開された資料によると、通報者の住所欄には北京市東城区の東長安街、事件の発生場所には「北京市の中南海」と直接記入されていました。中南海は、中国共産党中央の権力中枢です。このような書き方自体が、強い意思表示となっています。

 通報内容の要約では、当局について「情報を封鎖し、体制維持の名のもとに弾圧するだけで、国民の生死などまったく気にしていない」と厳しく批判し、災害救援資金が各段階で横領されていると告発しました。「洪水で家が流されても、政府は見て見ぬふりをする。救援資金も復興資金も、すべて横領されるか、途中で止められている」と訴えています。文末では、人権の保障、複数政党制、司法の独立、言論の自由など、一連の要求も突きつけています。

 この怒りの発端となったのは、7月上旬に台風10号がもたらした激しい雨でした。7月4日から6日にかけて、南寧市の大部分で大雨や猛烈な雨が降り、一部では記録的な豪雨となりました。横州市(おうしゅうし)と賓陽県(ひんようけん)では、24時間降水量の記録を更新しました。郁江(いくこう)など65の河川、82の観測地点で、一時、警戒水位を超えました。広西チワン族自治区の河川の大半が同時に、氾濫や堤防決壊の瀬戸際に追い込まれたことになります。

 7月6日午前、横州市の六藍ダム(りくらんダム)と雲表ダム(うんぴょうダム)では、相次いで水が堤体を越え、一部が決壊しました。賓陽県の六旺ダム(りくおうダム)でも水が堤体を越え、洪水は直ちに下流の複数の村や町へ押し寄せました。その後、被害は急速に広西全域へ拡大しました。

 当局が発表した被害は、どのようなものだったのでしょうか。7月10日までの公式発表によると、六藍ダムの決壊だけで26人が死亡し、7人が行方不明となりました。南寧市全体では、災害による死者が39人、行方不明者が9人に達しました。被災者は一時5万5000人に上り、6万人以上が緊急避難しました。

 国家発展改革委員会はその後、中央政府の予算から復旧事業への追加投資を決めました。それまでの拠出分と合わせ、総額は約48億円(2億元)となり、被災地の道路、水利施設、学校、病院などの公共施設の復旧に使われるとされています。数字だけを見れば、かなり大規模な救援活動が行われているように見えます。

 しかし、現地の被災者は本当に速やかに支援金を受け取ることができたのでしょうか。復興資金は途中で抜き取られていないのでしょうか。地方当局は本当に人命救助に力を注いでいるのでしょうか。それとも、体制への不満を抑え込むことばかりを優先しているのでしょうか。

 こうした疑問には、いまだ明確な答えが示されていません。

 そして、当局が発表した数字が事実なら、なぜネットユーザーは危険を冒してまで、最高指導者を実名で通報したのでしょうか。それは、現地の住民が海外メディアに語った内容が、公式発表とはまったく異なっているからです。

 ある住民は、今回の洪水による実際の死者数が、当局の発表をはるかに上回っていると証言しました。死者は少なくとも1000人に達しているとの話もあり、一つの村が丸ごと洪水にのみ込まれたという情報まで民間で広がっています。これは、当局の発表と極めて大きく食い違っています。公式発表と民間の情報との間にある大きな隔たりに加え、救援や復興が遅れ、真相が封鎖され続けていることが、今回の習近平に対する実名通報の直接の引き金となりました。

 さらに不可解なのは、最も多くの死傷者が出た六藍ダムについて、地元の水利当局が2025年に「問題のあるダム」から「模範事業」へ生まれ変わったと宣伝していたばかりだったことです。しかし、危険箇所を補強する改修工事は、いまだに完成後の検査に合格していないとされています。安全監視も自動化されたシステムではなく、依然として職員が目視で数値を確認する方法に頼っていました。

 7月14日、中国メディア「南方週末」は、ダム管理所長の謝植傑(しゃ・しょくけつ)へのインタビュー記事を掲載しました。記事では、決壊前に放水ゲートが故障していたこと、上流の観測データが途絶えていたこと、過積載トラックが長年にわたり堤体の上を走行したことで、ダムの安全性が損なわれていたこと、さらに管理に当たる職員が深刻に不足していたことが明らかにされました。謝植傑は、市長に救援を求めるため11回も電話をかけたものの、一度もつながらなかったと語っています。しかし、この報道は掲載された翌日、中国国内のネット上から一斉に削除されました。現在残っているのは、海外に保存されたバックアップだけです。

 ほぼ同じ時期、中国三峡集団広西支社長の呉啓仁(ご・けいじん)について、中国共産党中央規律検査委員会は7月21日、重大な規律違反と違法行為の疑いで調査していると発表しました。あるブロガーは、呉啓仁が実際に問題視されたのは、洪水による本当の死傷者数を外部に漏らしたためだと主張しています。呉啓仁が明かしたとされる死傷者数は、当局が発表した「39人死亡、9人行方不明」という数字とは大きく異なっていました。こうした偶然の重なりも、公式発表の信頼性に対する外部からの疑念をさらに深めています。

 実際、このように実名で習近平を通報し、中国共産党の退陣を求めた事例は、今回が初めてではありません。今年1月、Xアカウント「劉副局長(りゅう・ふくきょくちょう)」は、実名で中国共産党中央規律検査委員会と国家監察委員会に習近平を通報しました。習近平が党規約や党内規則を踏みにじり、汚職に関わった人物を党、政府、軍の要職に登用したと告発しました。通報画面には最終的に「送信完了」と表示され、処理状況を確認できる案件番号も発行されました。

 同じく今年初めには、深セン市の自営業者、孔令玉(こう・れいぎょく)も、中国国務院の公式サイトに実名で書き込み、「総書記は退陣せよ」と要求しました。孔令玉は習近平について、「20年以上も皇帝のように振る舞ってきて、まだ足りないのか」と批判しました。

 また、2024年8月には、1990年代生まれの学生ネットユーザー「王苗森(おう・びょうしん)」が、中国共産党中央規律検査委員会のウェブサイトと「知乎(ジーフー)」に文章を投稿しました。李文亮(り・ぶんりょう)を訓戒処分にしたことで感染拡大を招いたこと、徹底したゼロコロナ政策によって人々が死亡したこと、白紙運動を弾圧したことなどを列挙し、習近平の党籍を剥奪し、すべての職務から解任するよう求めました。

 感染症対策から白紙運動、そして今回の広西洪水まで、一般市民が実名で中国共産党の最高指導者を通報する事例が相次いでいます。こうした動きは、当局の統治のあり方に対する一部の国民の不満が、今も積み重なっていることを示しています。そして、大規模な自然災害や人災が起きるたびに、当局が発表する数字と民間で広がる情報との食い違いが、国民の怒りを爆発させる大きな引き金となっているようです。

 では、次は一体、何が起きるのでしょうか。

(翻訳・藍彧)