2026年5月26日、北京で撮影された1本の動画がネット上で拡散されました。動画には、中国国家陳情局のすぐ近くを流れる永定門の護城河沿いに、新たに数メートルの高さの金属製フェンスが設置されている様子が映っています。フェンスは川岸に沿って長く続いていました。撮影者は「これじゃ川で水浴びもできなくなったな。フェンスまで付けられた」と冗談めかして語っています。しかし、その口調の裏には皮肉がにじんでいました。もともと、この濁った川で泳ぐ人などいません。中国当局が警戒していたのは、川に飛び込む人たちだったのです。

 動画では、フェンスが設置されているのは陳情局側の河岸だけで、対岸には何の設備も見当たりません。中国の集団抗議や社会問題を追跡する個人メディア「昨日」は、X上で、この護城河に隔離フェンスが設置された背景について、「川へ飛び込む陳情者が増え続けているためだ」と伝えました。2025年以降、飛び込み事件の発生頻度は急激に増加しており、数日おきに新たな情報が伝わる状況になっています。

 国家陳情局は、中国国民が政府に陳情や苦情を申し立てるための公式機関です。本来の制度設計では、地方政府による不当な扱いについて、より上級の機関や中央政府へ訴え、是正や介入を求めることができます。この制度の歴史は古く、1950年代までさかのぼります。しかし現実には、この制度は深刻な行き詰まりに陥っています。

 地方官僚の人事評価は、その地域の住民が北京へ陳情に赴いた人数と直接結びついています。陳情者の数が多ければ多いほど評価は下がり、出世にも影響します。そのため地方政府は問題解決に力を注ぐどころか、住民が北京へたどり着くのを阻止することを最優先事項にしているのです。

 こうした事情から、各地の政府は、陳情者を連れ戻すための要員を北京に常駐させています。彼らは国家陳情局周辺で張り込みを行い、自分たちの管轄地域から来た陳情者を見つけ出して連行します。その中には私服警察もいれば、政府が臨時に雇った人員もいます。彼らの役割は、陳情者を強制的に連れ去り、違法な施設へ拘束したうえで、出身地へ送り返すことです。連れ去られた人々は、不法拘禁だけでなく暴行を受けることもあります。しかし、それに対して訴える手段はほとんど存在しません。

 2025年、中国全国人民代表大会の開幕を目前に控えた時期、四川省の陳情者である趙さんは、ラジオ・フリー・アジアの取材に対して陳情局前の日常風景を次のように語っています。「私は朝5時過ぎには来ていた。今は500人から600人ほどが並んでいる。列はずっと先まで続いている。陳情局の周りで黒い服を着ている人たちは、みんな陳情者を連れ戻す要員だ」

 この証言からは、陳情局前で毎日のように繰り広げられている緊張した光景が浮かび上がります。一方には全国各地からやって来て、夜明け前から列を作る一般の人々がいます。そしてもう一方には、その人々をいつでも連れ去るために周囲を歩き回る陳情阻止要員がいるのです。こうした状況の中で、一部の陳情者は最後の手段として川へ飛び込む道を選ぶようになりました。

 2025年1月13日、北京は真冬でした。氷点下の寒さの中、国家陳情局西側にある陶然橋付近で、一人の高齢男性が冷たい川へ飛び込みました。流出した動画には、赤い服を着た男性が救助される様子が映っています。救助した人は息を切らしながらこう声をかけました。「おじいさん、何とかなるから」しかし、その言葉はあまりにも皮肉でした。この男性がここまで追い詰められたのは、長年にわたる陳情活動の中で、「何ひとつ解決しない」という現実を何度も突き付けられてきたからです。

 2025年3月5日、中国全国人民代表大会(全人代)の開幕翌日、一人の陳情者が陳情阻止要員に追い詰められ、逃げ場を失った末に永定河へ飛び込みました。この情報はSNS上で短時間拡散された後、すぐに削除されました。削除前に残されたチャット記録には、次のような書き込みがありました。「全人代で一般国民を標的にしている」「北京は狂っている」「昨日、陳情局で連れ戻された高齢男性が永定河へ飛び込み亡くなった」

 全国人民代表大会の開催期間は、多くの陳情者にとって訴えを集中して届ける貴重な機会です。しかし同時に、それは当局の警戒が最も厳しくなり、阻止活動が最も激しくなる時期でもあります。毎年、多くの陳情者がこの時期に拘束され、収容され、故郷へ強制送還されています。

 2025年7月13日、天津市出身で妊娠中だった陳情者の李潔さんが永定河へ飛び込みました。幸いにも現場にいた複数の人々によって救助されました。報道によると、彼女は合法的に所有していた住宅を強制撤去された後、何度も上級機関へ訴えを行ってきましたが、問題は解決されませんでした。さらに陳情や告発を続けたことで、違法拘禁や精神病院への強制収容、監視や暴行を受け、地方政府による重点監視対象となっていました。

 2025年秋に入ると、飛び込み事件はさらに増加しました。10月、中国共産党は最高指導部による重要会議である第20期四中全会を開催しました。会議期間中の10月19日、当局は陳情局前で徹夜で順番待ちをしていた大量の陳情者を強制排除しました。多くの警察官が陳情者を無理やり大型バスへ乗せ、久敬荘へ移送したのです。10月22日、絶望した2人の陳情者が同時に川へ飛び込みました。しかし現場の警備員は救助を急ぐどころか、周囲の陳情者や通行人に向かってこう怒鳴っていました。「写真を撮るな!」「動画を撮るな!」さらにその翌日の10月23日夜、陳情局前では再び悲鳴が響きました。

 2025年12月12日、一人の陳情者が永定河へ飛び込み、岸に向かって自らの訴えを書いた旗を掲げました。この事件は2025年に確認された10件目の陳情者飛び込み事件とされています。1月の厳冬から12月の真冬まで、この1年の間、ほぼ毎月のように、この川には全国から絶望した人々が身を投じていました。

 しかし、こうした一連の出来事は中国国内で厳しく情報統制されています。関連動画は拡散されるたびに削除され、当事者の名前や経緯が完全な形で記録されることはほとんどありません。現在残されているのは、削除前に海外プラットフォームへ流出したわずかな動画や記録だけです。

 国家陳情局近くの護城河にフェンスが設置された件について、中国当局はいまだに公式な説明もコメントも出していません。静かに設置されたこの鉄柵の向こう側には、全国各地から何日もかけて北京へたどり着き、陳情局の門の外で夜通し順番を待つ無数の人々の姿があります。
土地を失った農民。住宅を強制撤去された住民。冤罪事件の被害者家族。そして、自分たちの訴えを届ける場所もなく、相談窓口もなく、最後には命を懸けて訴えるしかなくなった人々です。この鉄柵が塞いだのは、もしかすると一本の川だけかもしれません。しかし、北京へ向かい続ける人々の流れまで止めることはできません。そして何より、長年積み重なった彼らの絶望まで閉じ込めることはできないのです。

(翻訳・藍彧)