歌舞伎や舞台演劇、大相撲などの興行において、複数日にわたる公演の「最終日」を千秋楽といいます。なぜ「千秋楽」というのでしょうか。

一、雅楽の最後に演奏される曲 

 私たちが日常的に使う「千秋楽」という言葉は、平安時代に宮中で行われていた雅楽の曲名「千秋楽」に由来します。「千秋楽」の千秋は、千回の秋、つまり非常に長い年月が続くことを意味し、「楽」は楽しいことや音楽のことを指しています。古くから、雅楽や法会の最後にこの曲を演奏する習慣があったことから、のちに「最終日」を意味する縁起の良い言葉として、演劇界などに定着したとされています。

宮中の儀式である「千秋楽」(AI制作)

 なぜ「千秋楽」が最後に演奏されるようになったのか、その理由について語る際、それとペアになっているもう一つの雅楽の舞楽「万歳楽(まんざいらく)」を抜きにすることはできません。

 「千秋楽」「万歳楽」は、どちらも雅楽の中で極めてめでたい曲とされています。宮中の儀式や法会では、まず「万歳楽」が舞われ、その締めくくりに「千秋楽」が演奏されるという伝統がありました。この「万歳楽に始まり千秋楽で終わる」という一連の流れから、しだいに「千秋楽」が「物事の最後」や「最終日」を意味する言葉になっていったと考えられています。

 実は、雅楽において、「千秋楽」と「万歳楽」がペアとして扱われる背景には、さらに深い歴史的理由があります。次に、この二曲の誕生と知られざる結びつきについて紐解いていきましょう。

二、隋の陽帝が「万歳楽」を作ったエピソード

 舞曲の「万歳楽」については、歴史的な記録に複数の異なる伝承が残されていますが、一説では、中国の隋の煬帝(在位605~616年)によって作られたものだと伝えられています。

 日本最古の本格的な楽書『教訓抄(巻第一)』(1233年)には、「中国では、優れた王が国を治めるときに、必ず「鳳凰」という瑞鳥が姿を現すとされていました。その鳳凰が『賢王万歳、万歳』とさえずる声を聞き、その声を『音楽』にし、その羽ばたきや振る舞う姿を『舞』の形にして煬帝が作らせた」と記されています。

 煬帝といえば、歴史上は強権的なイメージも強い皇帝ですが、芸術や音楽へのこだわりは人一倍強かったとも言われています。

 隋の煬帝が作らせたと語り継がれている「万歳楽」は、その後の唐の時代でも宮廷音楽として受け継がれました。これを日本から渡ってきた遣唐使や留学生たちが日本へと持ち帰ったとされています。

 そして奈良時代から平安時代にかけて、日本の宮廷では大陸風のきらびやかな音楽「唐楽(とうがく)」が大流行し、「万歳楽」は4人(または6人)の舞人が優雅に舞う「舞楽(ぶがく)」として、宮廷の儀式では欠かせない演目となったのです。

雅楽の中の「万歳楽」(AI制作)

三、「千秋楽」という曲の誕生

 「千秋楽」は「万歳楽」とは異なり、舞の伴わない器楽曲(管弦)として伝わっています。『教訓抄』によると、この曲は唐から伝えられたものではなく、源頼高(みなもとのよりたか)という楽人が、後三条院(1068年即位)の大嘗祭のために作った曲であるとされています。

 宮廷の儀式を彩る舞楽「万歳楽」を念頭に置き、吉祥の言葉である「千秋万歳(せんしゅうばんぜい)」の対をなす存在として、「千秋楽」という曲名が構想されたのかもしれません。

 これにより、「万歳楽」と「千秋楽」の二つの名曲が揃うことになりました。「万歳楽」は、儀式の序盤に披露されて場を大いに盛り上げる一方、「千秋楽」は、すべてが終わって参列した貴族たちが退出する際の「最後の締めくくり」(退出楽)として演奏されるようになったのです。

四、「千秋楽」が語る歴史の奇跡

 唐の時代から伝来した大陸の音楽は、日本に定着するまでの間に、その性質、テンポ、楽器の構成なども相当な変化を見せています。例えば、近年の音楽学の研究によると、唐の時代の音楽は現在の雅楽よりも4倍〜8倍ほど速いテンポで演奏されていたことが分かっています。

 隋の煬帝が作ったとされる「万歳楽」も、基本となる旋律と構成などは受け継きながらも、時代の流れとともに元来の長い構成が一部省略され、洗練されたと言われています。

 一方、現在の中国には、当時の「万歳楽」の楽譜や演奏の伝統はほとんど残っていません。中国では王朝が代わるたびに、前朝の宮廷音楽が刷新、破壊され、さらに文化大革命などの歴史的激動も重なったため、唐代の宮廷音楽の伝承は途絶えてしまいました。

 日本の雅楽は「隋や唐の時代の音楽の面影を現代に残す世界で唯一の存在」として、極めて高く評価されています。

 鳳凰の鳴き声を模して作られたとされる「万歳楽」ですが、その伝来を受け、日本で一対の曲として「千秋楽」が生み出されました。この二つの雅楽の楽曲は、合わさることで初めて「千秋万歳」という祝福の言葉を完成させるという、極めて重要な意味を持っています。そこから「万歳楽で始めて、千秋楽で締める」という一連の演奏形式が定着し、私たちが日常的に使う「千秋楽(物事の終わり)」という言葉も誕生したのではないでしょうか。

 本家で消え去った文化が、海を渡った隣国で1000年もの間、命を繋いでいる――そこには、何か運命的なものを感じずにはいられません。

 (文・一心)