7月に入り、中国の多くの地域で自然災害が続いています。広西チワン族自治区などで洪水の被害がまだ収束していない中、四川省では厳しい猛暑と連続する地震という二つの現象が同時に発生しています。
7月11日以降、河南、安徽、湖北、湖南、四川、重慶、広東、広西など、広い範囲で高温の天気が続いています。中でも四川省の暑さは特に厳しく、7月13日には四川省各地の気象局が相次いで、最も高い警戒レベルである「高温赤色警報」を発表しました。達州市、遂寧市、資陽市などでは最高気温が40℃に迫りました。広安市全域の気温はおおむね38℃から40℃の間で推移し、局地的に41℃に達しました。同日午後5時の時点で、成都市の一部地域では40.9℃という最高気温を記録しています。気象局の予測によると、今後1週間、四川盆地の大部分は引き続き晴れて暑い天気が続き、日中の最高気温はおおむね34℃から38℃に達する見込みです。四川省気候センターの発表では、今年の7月下旬から8月にかけて全省の高温日数が14日から17日になると予想されており、平年の8.3日と比べて明らかに多いと指摘されています。
厳しい暑さに加え、頻発する地震も人々の生活に影響を与えています。中国の地震観測機関の発表によると、7月8日から9日までの2日間に、四川省の宜賓市高県およびその周辺地域で13回の地震が観測されました。中でも、9日午前7時44分ごろにはマグニチュード4.8と5.1の地震が立て続けに発生し、その後も数回の余震が起きています。また、同日9日には遠く離れた新疆ウイグル自治区の沙雅県でもマグニチュード3.7の地震が発生しており、中国国内で地震活動の報告が相次ぎました。
こうした連続する揺れは、宜賓市の住民に大きな不安をもたらしています。インターネト上で拡散された現地の動画には、地震発生時に家屋が激しく揺れ、壁にひびが入り、外壁のタイルが剥がれ落ちる様子が記録されていました。多くの人が就寝中に揺れで目を覚まし、パジャマ姿のままで慌てて屋外へ避難する事態となりました。10階以上の高層階に住む住民の中には「まるでブランコに乗っているようだった」と当時の状況を振り返る人もいます。また、震源から離れた成都や重慶などの地域でも「強い揺れを感じた」という投稿がSNS上で多く見られました。あるユーザーは、「わずか数十分の間に7、8回も揺れて、頭が真っ白になりました。実家の防犯カメラの映像で、両親が慌てて飛び出してくる瞬間を見た時は胸が痛みました」と心境を投稿しています。常に揺れているように感じてめまいがすると訴える人もおり、度重なる地震による疲労がうかがえます。
四川省の人々にとって、地震は過去の大きな災害の記憶と結びついています。2008年に甚大な被害を出した四川大地震(汶川地震)や、2013年の雅安地震など、この地域は過去に何度も大規模な地震を経験してきました。そのため、たとえ規模の小さな地震であっても、短時間に何度も揺れが続けば、当時の恐怖を思い出しパニックに陥る人がいるのは無理もないことです。それは単なる地面の揺れというだけでなく、過去の痛ましい記憶を呼び覚ます原因になるからです。窓枠が鳴るたびに、あるいは照明が揺れるたびに、当時の不安な気持ちに引き戻されてしまう住民も少なくないと言われています。
さらに住民の不安を広げているのが、現地の住民からインターネット上に報告されている普段とは違う現象です。地震前には、鳥の群れが乱れ飛んだり、変わった形の雲が現れたりしたという目撃情報がSNSなどで話題になりました。また地震発生後には、高県にある小さな川の水が突然赤く変色したという報告もありました。この川は普段は底が見えるほど澄み切っているため、多くの人が驚きの声を上げています。地元当局は原因を調査中ですが
現在のところ明確な公式発表はありません。また、6月29日に同じく宜賓市高県で発生した別の地震の際にも、魚の群れが水面から飛び跳ねたり、犬や猫がパニックになって逃げ惑ったりする様子が防犯カメラに記録されており、これらが住民の不安をさらに高める要因となっています。
このように立て続けに起こる自然現象を前に、インターネット上では様々な声が上がっています。一部の人は、高県で連続して発生した小さな地震について、現地で行われているシェールガス(頁岩ガス)の採掘活動と関係しているのではないかと疑問を持っています。ただし、現時点で両者の因果関係は公式には確認されていません。また、広西での洪水や湖北での竜巻など、他の地域でも自然災害が続いていることから、「これからさらに大きな災害が起きるのではないか」と漠然とした不安を抱く人も増えている状況です。
ある現地のインターネットユーザーは、連続する地震を経験した後にSNSで語っています。「毎日余震が止まらず、感覚が麻痺しそうです。洪水があったかと思えば、次は竜巻。なんだか大きな事が起きるような気がしてなりません。被害がこれ以上ひどくならないことだけを祈っています。」こうした声は、過去の災害の記憶に対する恐怖であると同時に、自分たちではコントロールできない相次ぐ自然災害に対する、人々の率直な不安を表していると言えます。
(翻訳・吉原木子)
