2026年の神韻芸術団の巡回公演の中には、ひときわ風変わりな舞踊劇『仙人張果老』が上演されています。仙人である張果老は、型破りな言動や奔放な身なりのほか、何よりも「ロバに後ろ向きに乗る」という奇妙な姿で観客の目を釘付けにしました。この風変わりな振る舞いの奥には、一体どのような知恵が隠されているのでしょうか。今回は、張果老という人物とその「後ろ向き」の智慧(ちえ)についてご紹介します。
中国の伝承には、「八仙(はっせん)」と呼ばれる道教の仙人たちが登場します。彼らは道(どう)を求めて峻烈な修行を重ね、俗世を超えて真の自己へと立ち返り、不老不死に至ったとされています。張果老(ちょうかろう)、またの名を「通玄先生」は、その八仙の中でも特に個性的で、不思議な存在として知られています。
『旧唐書』『新唐書』などの史書によれば、張果老は歴史上実在した人物です。7世紀、唐の時代に恒州(現在の河北省石家荘市一帯)の山中に隠棲し、不老不死の術を得たと噂されました。唐の太宗や高宗、則天武后ら歴代の皇帝がその名声を慕い、山から宮廷へ招こうとしましたが、彼はことごとく辞退しました。
開元22年(734年)、唐の玄宗は通事舎人・裴晤を使わして張果老を招こうとした際、彼は山を下りたところで息絶えてしまいました。驚いた裴晤が香を焚き、玄宗がいかに真摯に道を求めているかを伝えると、死んだはずの張果老は再び息を吹き返したといいます。こうしてようやく朝廷に出仕した張果老を、玄宗は格別の礼をもって迎えました。張果老は宮中で数々の奇跡を起こし、人々を震撼させました。その鮮やかな活躍の一端が、神韻の舞踊劇『仙人張果老』として舞台上で再現され、世界中の観客から喝采を浴びているのです。

言い伝えによると、張果老は外出の際、常に白いロバにまたがり、一日に数千里を移動したといいます。休む時に、その白いロバを紙のように折り畳んで箱にしまい、再び乗るときには水を吹きかけ、たちまち生き生きとしたロバに戻しました。そして、その乗り方こそが最大の特徴であり、常に「後ろ向き」だったのです。
なぜ彼は、あえて後ろを向いて進んだのでしょうか。清代の著作『八仙得道伝』の中に、その手がかりとなる一節があります。
唐の末期、張果老は道教の祖である張天師に出会い、千年後の世の有様を予言しました。
「これから千年後、世の中はこうなるでしょう。官職を得た者は公を顧みず、私利私欲に走りましょう。賄賂は幽霊たちが飯を奪い合うように、堂々と行われてしまいましょう。官職のない平民は親孝行を忘れ、風紀は乱れるでしょう。人々は己の利益ばかりを追い求め、礼儀や恥を知る心は失われてしまうのです」
張果老のこの言葉は、皮肉にも今日の中国社会の病理を言い当てているように見えます。中国を統治している中国共産党の各級の官員たちは、汚職に手を染めない者はほとんどおらず、しかもその誰もが貪欲極まりないのです。金銭、財宝、不動産、美女などの賄賂が堂々と行われており、役職と肩書きには価格が明示されてしまいます。一般の人々も、親孝行知らず、淫らな男女関係、利己主義、有害な食品、詐欺、賭博、薬物乱用。伝統的な価値観や道徳が軽視され、利己主義がはびこる世の中――。このすべては、張果老が語った話とよく似ていると思いませんか?
こうして見ると、張果老はなぜ後ろ向きにロバに乗るのか、その真意が見えてきます。それは単なる気まぐれではありません。一見「前進」しているように見える人間社会が、実は道徳的に「後退」していることを鋭く批判しているのです。張果老はあえて後ろを向くことで、失われつつある善良な本性や正しい道に目を向けるよう、人々に悟らせているのです。
前に進む時は、これまで歩んできた道を振り返り、過ちを繰り返さないことが大切です。未来を見通すことは難しくとも、過去の経験を鑑(かがみ)とすることで、より正しい前途を切り拓くことができるでしょう。張果老は、その「後ろ向き」の姿を通して、私たちに真の前進とは何かを問いかけているのです。
(文・唐風/翻訳編集・常夏)
