毎年4月から5月にかけて、中国のほかの都市では春の暖かさや花の美しさを楽しんでいる頃、人口2000万人を超える巨大都市の北京では、この時期になると白い異変に包まれます。

 空一面を埋め尽くすように白い綿毛が舞い上がり、その密度はまともに息をするのもつらいほどです。これは砂嵐でもなく、スモッグでもありません。原因はポプラやヤナギの綿毛です。白い綿毛は街のあらゆる場所に入り込み、人の鼻の中に入り、食事中の茶碗にも落ち、子どもの目にまで飛び込んできます。

 今年はとくに深刻で、SNSに投稿された関連動画が一気に拡散し、南部の省のネットユーザーたちからは「恐ろしい」という声が相次ぎました。

 中国メディアの「閃電新聞」によると、今年の北京では綿毛の発生が例年より早く、しかも勢いも明らかに強く、1か月以上続く見込みだとされています。気象分析では、今年の春は気温が高めで、風は適度にあり、湿度は低めという3つの条件がそろい、大量の綿毛が広がるにはほぼ理想的な環境になったと指摘されています。その結果、綿毛は空気中をより長く漂い、より広い範囲を覆うことになりました。

 実際にその場にいた人たちの証言を聞くと、この「白い嵐」がどれほど現実的なものなのかがよく分かります。

 密雲区に住むある市民はSNSで、子どもを連れて護国寺周辺に食事に行ったところ、空気中が綿毛だらけで、茶碗の中にも次々と綿毛が落ちてきたと書き込んでいました。隣の席にいた南方出身の子どもは汚いから食べたくないと嫌がり、その父親は「食べなさい、これも北京名物みたいなものだよ」と苦笑まじりに言ってなだめていたそうです。この少し苦い冗談には、この季節を毎年やり過ごしてきた北京の人たちの、諦めにも近い感覚がにじんでいます。

 北京以外から来た人たちの反応は、さらに率直です。山東省から来た観光客は「目も鼻もつらい、助けてほしい」と書き込み、甘粛省の観光客は実際に体験したあと、目が丸一日痛かったと語りました。安徽省のネットユーザーは、北京に2日いただけで、空一面のポプラの綿毛に気が狂いそうになったと投稿しています。上海のネットユーザーは動画を見たあと、北京の人たちはどうしてこんな環境で生きていけるのかと驚きました。四川省の慢性鼻炎のあるネットユーザーは、画面越しに見ているだけでも鼻がむずむずすると書き、湖南省のネットユーザーも、見ているだけで呼吸器が耐えられなさそうだとコメントしています。

 北京の地元市民ですら自嘲気味に「北京よ、災害映画だってここまではやらないだろう」と嘆いています。

 多くの人は不思議に思うかもしれません。中国の首都であり、都市管理の力も決して弱くないはずの北京で、なぜこの問題は毎年のように起き、それでも根本的に解決されないのでしょうか。

 その答えは、数十年前のある重要な判断にまでさかのぼります。

 20世紀半ば、北京は深刻な砂漠化の脅威に直面していました。風砂被害は激しく、緑化は待ったなしの課題でした。当時の都市計画では、ポプラとヤナギが主要な緑化樹種として選ばれました。理由は極めて現実的でした。成長が早く、環境への適応力が強く、植樹コストも低かったからです。こうして北京全域で大規模な植樹が進められ、その数は数百万本に達しました。

 しかし、その過程で、今もこの都市に影を落とす大きな見落としがありました。樹木の雌雄を体系的に選別しないまま植えたため、大量の雌株のポプラやヤナギが市街地に入ってしまったのです。毎年春になると大量の綿毛を出すのは、まさにその雌株です。あの白い綿毛は、種子を広げるための自然な仕組みでした。そして数十年がたち、当時植えられた木々が成熟したことで、綿毛の問題はますます深刻になっていきました。

 多くの人は綿毛を単なる視覚的な迷惑だと考えていますが、実際にはその影響はそれだけにとどまりません。

 健康面で見ると、ポプラやヤナギの綿毛そのものは主要なアレルゲンではないとされていますが、空中を漂う間に花粉やほこり、細菌などの微粒子を吸着しやすく、それが人のアレルギー反応を悪化させる要因になります。鼻炎やぜんそくのある人、もともと気道が敏感な人にとっては、毎年1か月以上続くこの時期そのものが災難です。

 さらに、見落とされがちな危険もあります。それが燃えやすさです。綿毛は乾燥した環境では大量にたまりやすく、いったん火がつくと一気に燃え広がります。ガソリン並みの速さで燃えるという言い方はやや誇張ではあるものの、綿毛の堆積が火災の原因になった例は、北京では決して珍しくありません。

 ここまで原因もはっきりしていて、危険性も分かっているのに、なぜ問題は今なお続いているのでしょうか。

 当局の説明では、短期間での根治は不可能で、長期的には新しい樹種に少しずつ植え替えていき、綿毛を出す雌株のポプラやヤナギを減らしていくしかないとされています。しかし、この「少しずつ植え替える」という言葉の裏には、10年単位、あるいは20年単位の巨大事業が横たわっています。市内にある数百万本の木を入れ替えるには、計画の認可、資金確保、工事期間、その後の維持管理まで、あらゆる段階で長く安定した資金投入が必要になります。

 市民に向けた当局のアドバイスは、主に個人の防護策に集中しています。午前10時から午後4時までの綿毛が多い時間帯の外出をなるべく避けること。アレルギー体質の人は事前に抗アレルギー薬を飲むこと。外出時にはマスクを着け、目や呼吸器を守ること。そうした内容です。

 たしかに理屈としては間違っていません。しかし、毎日働き、移動し、この街で生活しなければならない普通の人にとって、綿毛の多い時間を避けて外出しろと言われても、現実にはほとんど不可能です。

 長年北京で暮らしてきたある市民は記者に対し、自分はもう綿毛に慣れてしまったと語っています。そのうえで、この問題を本当に根本から解決しようとすれば、投入額は少なくとも数百億円、場合によっては約2000億円規模(数十億元から100億元超)になるだろうと見ています。しかし彼の感覚では、そんな問題が当局の優先課題に入ることはないというのです。彼は「あの人たちに、こんな小さな問題まで気を配る余裕があると思うか」と率直に言いました。

 北京という都市が大きな発展を遂げてきたことは、誰の目にも明らかです。世界中が注目したオリンピックを開き、世界有数の高速鉄道網を持ち、都市GDPもすでに世界トップクラスに入っています。それでも春になると、街では相変わらず白い綿毛が空を舞い、人々はマスクを着け、茶碗に落ちた綿毛をすくい出しながら食事を続けています。

 この落差は、あまり多くを語らなくても十分に伝わります。

 なぜなら、問題の根源は、中国の人々には投票権がないという現実だからです。政府官僚たちは、普通の市民の声を無視しても、自分たちの地位を守ることができます。彼らにとって大事なのは、市民の要望ではなく、最高当局の指示に従うことです。それさえできれば、官職を守るだけでなく、さらに昇進することすらできるのです。

 先ほどの北京の市民が口にした、少し皮肉のこもったひと言こそ、この数十年も続く行き詰まりを最も的確に表しているのかもしれません。この町の管理者たちは、問題がどこにあるのか分かっていないのではありません。ただ、それより優先されることが、いつも別にあるというだけなのです。

(翻訳・藍彧)