2026年4月7日、午後6時を過ぎた上海では、空が次第に暗くなり、街にはネオンが灯り始めていました。オフィスビルから一斉に人が出てきて、街はいつもの夕方のラッシュへと入っていきます。
ところが、一部のガソリンスタンドの前だけは空気が明らかに違っていました。車が何台も長い列をつくり、少しずつ前へ進んでいたのです。運転手たちは身を乗り出して様子をうかがい、ガソリンメーター を気にして落ち着かない様子を見せる人もいれば、スマホで最新情報を確認する人もいました。SNSには写真や動画が次々と投稿され、「2つ先の通りまで列が伸びている」「ハイオクはもう売り切れた」「午後6時にはもう並び始めていた」、といった声が広がっていました。
これは連休前の移動ラッシュではありません。突然始まった、時間との勝負でした。理由はただ一つ、またガソリン価格が上がるからです。
その日のうちに中国当局は、4月8日午前0時から石油製品の価格を引き上げると発表しました。これで2026年に入ってから6回目の値上げとなります。発表によれば、ガソリンと軽油(標準品)価格は、本来それぞれ1トン当たり約8400円(800元)、約8085円(770元)引き上げるべき水準だったとされています。しかし、いわゆる調整を行った結果、実際の引き上げ幅は約4410円(420元)と約4200円(400元)になったと説明されました。政府側は値上げ幅を半分に抑えたと強調しましたが、この説明にはすぐ疑問の声が上がりました。というのも、これ以前に複数の業界機関が予測していた今回の上昇幅は、おおむね1トン当たり約3700円(350元)前後だったからです。最終的に決まった数字は、その予想を明らかに上回っていました。値上げ幅を半分にしたという説明は、実際の負担を本当に軽くしたとは言いがたいものでした。
同じ4月7日、上海ではさらに具体的な価格も公表されました。4月8日午前0時から、レギュラーガソリンは1リットル当たり約186円(8.86元)、ハイオクは約198円(9.43元)、軽油は約180円(8.58元)になります。上昇率はそれぞれ3.87%、3.97%、4.13%でした。この数字が示している現実は、とても分かりやすいものです。
ガソリン価格はすでに1リットル約189円(9元台)に迫り、場所によってはそれを超えようとしているのです。発表が出たその夜から、行列は一気に広がりました。2か所、3か所とスタンドを回ってようやく給油できた人もいれば、上海中どこへ行っても並んでいるのかと嘆く声も上がりました。値上がりした瞬間に、スタンドが一気に詰まったという投稿も相次ぎました。あの夜の上海は、価格の変化に対して最も直接的な反応を見せました。今のうちに入れておこう。それが人々の行動でした。
しかし、この値上げの最中に、もう一つ見逃せない数字がありました。4月6日、国際原油価格は下落していたのです。ブレント原油は1バレル108ドルを下回り、この日はおよそ0.96%下がりました。つまり、国際原油価格が下がっている局面でも、中国国内のガソリン価格はなお引き上げられていたのです。この食い違いは、国内の価格決定の仕組みが国際市場と本当に連動しているのかという疑問、さらに強めることになりました。
実際、今回の連続値上げの出発点は、もう少し前にさかのぼります。2026年3月23日24時、中国ではより大幅な価格調整が行われました。当時の価格決定メカニズムによれば、ガソリンと軽油は本来、1トン当たりそれぞれ約23,100円(2205元)、約22,300円(2120元)値上がりする計算でした。あまりに大きな上昇幅だったため、当局は初めて臨時調整を発動し、実際の引き上げを約12,200円(1160元)と約11,700円(1115元)まで圧縮しました。この措置が使われたのは2013年以来初めてです。それでも価格はすぐに跳ね上がり、上海のレギュラーガソリンは1リットル当たり約179円(8.53元)まで上昇しました。
さらに1年前までさかのぼれば、その変化はもっとはっきり見えてきます。2025年の同じ時期、レギュラーガソリンはまだ1リットル当たり約143円(6.8元)前後でした。満タン1回の費用も約7140円(340元)程度で済んでいました。ところが今では、同じ量を入れるだけでも負担は大きく増えています。わずか1年でここまで変わったことに、多くの人がまるで別の時代になったようだと感じているのです。
中国のガソリン価格を国際的に見比べると、その高さはさらに際立ちます。米国は1リットル当たり約150円(7.16元)、日本は約173円(8.26元)、台湾は約139円(6.6元)、それに対して中国は約179円から約202円(8.5元から9.6元)という水準です。所得水準に明らかな差があるにもかかわらず、中国のガソリン価格は高いゾーンに入っています。
この価格の高さは、多くの人が持っていたエネルギー大国というイメージとの強いずれを生んでいます。これまで、中国は中東との安定したエネルギー協力があり、エネルギー安全保障も比較的強いと考えられてきました。
逆に、日本や台湾は輸入依存度が高く、外部の影響を受けやすいと見られることも少なくありませんでした。ところが現実には、ガソリン価格という点では日本や台湾のほうがむしろ安定しており、国民の負担も相対的に軽い状況になっています。一方の中国市場では、高値圏が続いているのです。
ガソリン価格の上昇が意味するのは、単に給油代が高くなるという話ではありません。現代の経済において、石油は産業の血液とも呼ばれます。ガソリン価格はあらゆるコストの出発点です。燃料価格が上がれば、まず輸送コストが上がります。物流費が上がれば、商品の価格も上がっていきます。農地から食卓へ、工場から店舗へ、宅配からフードデリバリーまで、実体経済の流れに関わるほぼすべての商品とサービスが影響を受けます。これこそが典型的なドミノ現象です。
車を運転しない人にとっては、ガソリン価格など自分には関係ないと感じるかもしれません。しかし現実には、毎日買っている米も、デリバリーも、ネット通販の商品も、すべてガソリン価格上昇のコストをどこかで背負っています。しかも、今は特別に厳しい状況の中でそれが起きています。企業の経営は苦しくなり、一部の業界では賃下げや人員削減が進み、家計の収入の伸びも鈍くなっています。そんな中で、生活コストだけが上がり続けているのです。これは経済学でいうスタグフレーションの状態そのものです。今回のガソリン価格上昇は、単なる市場変動の結果ではないという見方もあります。地方債務の圧力、不動産市場の不況、財政収入の減少といった背景の中で、エネルギー価格の引き上げが、間接的な財源確保の手段になっているという指摘です。独占的な仕組みを通じて、社会全体にコストを広く負担させているという見方です。
3月23日の大幅な値上げから、4月8日の6回連続上昇まで。国際原油価格の動きから、国内価格の上昇へ。ガソリンスタンドの行列から、日常生活のコスト増へ。こうして見ると、すべては一本の線でつながっています。
夜が更けるころ、上海のガソリンスタンドは少しずつ落ち着きを取り戻しました。列をつくっていた車も次第に姿を消していきました。けれども、問題が消えたわけではありません。運転手たちが持ち帰ったのは、満タンになったタンクだけではなく、これから先の生活コストへの不安でもありました。あの夜の上海で起きた行列は、単なる一時的な混乱ではありません。それは一つのサインでした。コストの上昇、インフレの広がり、そして経済の重圧が家計へと伝わっていく、その始まりを示すサインです。ガソリン価格が起点になれば、次に押し上げられるのは生活全体の値段かもしれません。
(翻訳・藍彧)
