1月21日、中国の旧正月の5日目、北京市、天津市、河北省など複数の省や市を砂嵐が見舞われただけでなく、北京市、天津市、河北省、河南省、山東省、山西省、雲南省などでも同じ日に火災が相次ぎました。村全体が燃えた場所もあれば、複数の山が同時に燃えた地域もあります。

 1月21日、河北省石家荘市の鹿泉区と元氏県の境界付近で、山林一帯が燃えました。河北省のネットユーザーは、「旧正月の5日目にネットで石家荘市の欒城区、趙県、藁城区、井陉県、元氏県など、あちこちで火災が起きていたのを見た。あまりに不気味だ、どうして同じ日に石家荘市の複数の場所で同時に火が出るのか」と疑問を投げかけています。

 界面新聞の報道によると、2月21日15時45分、河北省石家荘市の井陉県で山火事が発生し、火は複数の山に広がりましたが、けが人はいませんでした。出火原因は強風で高圧線の接続部から火花が出たことだとされています。

 2月21日、河北省張家口市の下宮村で、村全体が火事になりました。火は風にあおられ、勢いを増す一方だったようです。火は109国道にまで迫り、走行中のドライバーはこう嘆いています。

 2月21日、河北省張家口市にある京蔵高速道路の官庁(地名)サービスエリアでも、突然の大火が発生しました。

 同じ2月21日には、河北省保定市の假日麗城の駐車場、張家口市宣化区の洋河周辺、承徳市双灤区、そして豊寧満族自治県内の村でも火災が発生しました。

 2月21日、山東省栄成市と内モンゴル自治区烏海市を結ぶ栄烏高速道路の天津区間で火災が発生し、その影響で北京から滄州までの高速道路区間が22日に通行止めになりました。

 2月21日、山東省威海市では2か所で大規模な山火事が起きました。

 2月21日、山西省でも2つの観光地で山火事が発生しました。この日は強風だったため火の勢いが強く、消火が難しかったとされています。

 2月21日の午後、山西省忻州市の五台山景区で火災が発生しました。出火地点は、五台山の中心エリアから約2キロの場所だといいます。動画を見ると、その日は財神様を迎えようとする観光客が長蛇の列を作り、周辺は人で埋め尽くされていました。当日は風が強く、山火事は勢いよく燃え上がり、黒い煙が空を覆うほどで、見ているだけでぞっとする光景です。

 2月21日には、山西省陽泉市の翠楓山自然風景区でも大規模な山火事が起きています。

 山西省に隣接する陝西省でも、深刻な火災が2件起きました。まず2月20日、陝西省綏徳市のガソリンスタンドで火災が発生し、複数の消防車が焼けました。さらに2月21日の夜、陝西省柞水県でも山火事が発生しました。

 2月21日は、中国南部でも火災が起きています。雲南省紅河州元陽県で山火事が発生しましたが、燃えた範囲は細長い帯状にとどまり、北部の火災ほど激しい広がり方ではなかったようです。

 同じ日、福建省三明市の蝋燭山でも、山頂の寺で突然の山火事が起き、現場は黒い煙が立ちこめました。原因は、山頂の寺で最近、祭祀の線香の火が過度に使われ、管理が行き届かなかったことではないかと疑われています。火は山の地形に沿って広がり、県城からでも山頂の煙がはっきり見えるほどだったといいます。

 中国各地で相次ぐ火災について、ネット上では、あまりに出来すぎていないかと疑う声も出ています。旧正月の5日目である同じ日に、河北省、山西省、山東省、北京市、天津市など、多くの地域で同時に火が出たのは偶然なのかというわけです。

 江蘇省のネットユーザーは、「今年の火事はどこか不自然だ、みんなよく考えてほしい、中国人はもう旅行に出なくなっているのに、この火は誰がつけたのか、なぜあちこちで山火事が起きるのか」と疑問を投げかけています。

 河北のネットユーザーも、「どこもかしこも燃えていて、そんなに都合よく重なるはずがない、旧正月の元日は爆竹を鳴らす人が多いが、5日目にはほとんど鳴らさないし、しかも5日目は仕事に戻る帰路のタイミングだ、その日に各地で大火事が見えるのは、誰かがわざと放火しているのではないか」と疑っています。

 鳳凰網の報道によると、2月23日の夜、海口市龍華区の解放西路にあるホテルで突然火災が発生しました。現場にいた市民は、「建物の屋上付近の片側に明らかな炎が見え、濃い煙が四方に広がっていき、焦げたにおいも強かった」と話しています。さらにXで動画を拡散したネットユーザーの中には、清掃員が3か月以上賃金を受け取れておらず、その結果、いわゆる悪意の賃金請求として火をつけたのだ、とする見方を投稿した人もいます。

 海南省海口市の火災が、賃金未払いに追い詰められた労働者による、社会への報復のような行動だった可能性はあるのかもしれません。しかし、北京周辺の河北省、山東省、山西省などで、ほぼ同じ時期に火災が相次いだ件も、同じように誰かの報復だったのでしょうか。もしそうだとしたら、中国社会の底辺にいる人たちは、どれほどの屈辱を、正規の手段では吐き出すこともできずに飲み込まされているのか、という話になります。逆に、人の手による破壊ではないとするなら、いったい何が原因なのでしょうか。疑問はむしろ深まります。

(翻訳・藍彧)