1月24日、中国国防省が中国共産党中央軍事委員会副主席の張又侠氏、および連合参謀部参謀長の劉振立氏の処分を公式に通達すると、北京の空気は一夜にして凍りついたようになり、首都圏には不穏な気配が漂い始めました。それに続く二日間、現実の世界の高速道路から仮想空間であるネットの片隅に至るまで、背筋が凍るような一連の異常現象が立て続けに発生し、巨大な政治の嵐が迫りつつあることを、無言のうちに告げているかのようでした。
この張り詰めた空気は、1月25日の早朝、ある高速道路での戦慄すべき体験として現実のものとなりました。当日朝6時半、河北省唐山から北京へ向かっていたある運転手は、北京-ハルビン区間京哈高速道路上で、人生で最も奇妙な光景に遭遇しました。最初はすべてが平常通りに見えましたが、出発して間もなく、ナビゲーション画面に表示されていた詳細な交通情報が突如として空白になり、通常の速度制限表示までもが跡形もなく消え去ったことに気づき、彼は愕然としました。彼と助手席の同乗者が顔を見合わせ、不安でアクセルを強く踏めずにいたその時、路側の電光掲示板に巨大な赤い文字が浮かび上がり、身の毛もよだつような命令がスクロール表示されたのです。「全車両、至急高速道路から降りてください。」
これまでに見たこともないような警告に、車内の人々は瞬時にパニックに陥りました。慌てて車を路肩に寄せて様子をうかがうと、目の前の光景はいよいよ異様さを増していました。北京へ向かう車線は不気味なほど空っぽで静まり返っている一方、対向車線は車がひっきりなしに走っていたのです。無闇に進むこともできず、彼らは意を決して数キロ先のサービスエリアに入りましたが、そこも閑散としていました。わずかに残っていたスタッフは深刻な面持ちで、前方の区間が臨時規制されたこと、理由は明かせないが直ちに引き返すか最寄りの出口から降りるよう求めてきました。為す術もなく、運転手は国道へ迂回せざるを得ませんでしたが、あの恐ろしいほど空っぽだった高速道路を思い出すと、今でも動悸が止まらないといいます。
実のところ、これは単発的な出来事ではありませんでした。1月26日になると、北京への道路規制はさらに強化されたようで、高速道路の入口が封鎖されている映像も出回りました。一般車両が厳しく追い返される中、その代わりに軍用車両が隊列を組み、一台また一台と同じ方向へと疾走していたのです。この物々しい光景を前に、路肩で足止めされた運転手たちは「高速に乗ることは夢のまた夢になった」と、力なく呟くしかありませんでした。さらに、北京市内では地下鉄の半数以上が運休し、武装警察が実弾を装備して警戒にあたり、各軍区の敷地も封鎖されたという噂が飛び交い、遠く離れた新疆や四川でも尋常ならざる軍事的な動きが見られたといいます。
この封鎖と軍事的な動きは、ネット空間にもさらに奇怪な影を落としていました。張又侠氏の件が公になって以来、WeChat上には意味深で不気味な動画が大量に出現しました。画面の中では、マスクやサングラス、あるいは頭巾で顔を隠した若者たちが、もっともらしい顔つきで謎めいた指令を発信していました。「組織はすでに『目の前だけでなく、背後のリスクも見る捕蝉計画』実行のため要員を某所に派遣した」「某エリアで異変発生、出発準備をせよ」といった隠語が飛び交っていたのです。これらの支離滅裂でありながら強い暗示を含んだ断片的な情報は、何らかの非常事態の予兆として解釈され、「斬首作戦」が行われているのではないかという恐ろしい憶測さえ呼びました。
一連の異様な現象は、観測筋の目には、中国共産党上層部の権力闘争が「生きるか死ぬか」の新たな段階に突入した証拠として映っています。張又侠氏と劉振立氏の失脚は、単なる反腐敗運動の勝利などではなく、中枢の「紅二代(革命の功臣の子弟)」に対する粛清が始まったことを意味します。軍部において紅二代の背景を持ち、実戦経験と威信を兼ね備えた最後の将軍である張又侠氏が倒れることは、党内の「赤のコンセンサス」の終焉を告げる鐘の音に等しいと言えるでしょう。軍の中堅幹部にとって、これは致命的な心理的打撃であり、どれほど出世しようとも最終的には粛清の運命から逃れられないことを悟らせるものです。
このような極端な政治的統制は、表面上は強圧的な安定を維持しているように見えますが、実際には軍隊の戦闘力と柔軟性を破壊し、政権を制御不能な高リスクの深淵へと追いやっている可能性があります。この「剛直ゆえに壊れやすい」状態は極めて脆く、ひとたび経済情勢が悪化し、治安維持費が枯渇すれば、長年抑圧されてきた軍の末端が瞬時に爆発し、不可逆的な連鎖反応を引き起こす可能性が高いのです。その時、中国の人々も、街頭に繰り出し、互いに抱き合って祝杯をあげる歴史的な瞬間を迎えることになるのかもしれません。
(翻訳・吉原木子)
