「上海の富裕層は、もうあらかた消えてしまいました。狂気としか言いようがありません」。これは、あるベテラン不動産仲介業者の嘆きであり、今の中国社会を映し出す最もリアルな縮図でもあります。最新のデータによると、過去1年間だけで1万5000人を超える中国の富豪が海外移住を選び、彼らが国外へ持ち出した資産総額は約10兆円(680億ドル)に達し、世界首位を記録しました。これは単なる人の移動ではなく、驚くべき規模で進行する「富の大移動」なのです。ニューヨークに住むある共産党幹部の子弟は、取材に対しこう断言しました。「今、我々の界隈で最大の関心事は、もはや『いかに稼ぐか』ではありません。『いかに迅速に資産を移し、中国を脱出するか』なのです。」多くの人々は、身こそまだ国内にあっても、その資産はすでにオフショア信託などのルートを通じ、水面下で海の向こうへと移されています。

 資本と人口、その双方が流出する危機に対し、中国当局も手をこまねいているわけではありません。厳重な包囲網を敷き、二重国籍や違法な戸籍取得に対する徹底的な「清算」が密かに始まっています。近年、税関で摘発された二重国籍の事例は前期比で300%も急増しました。広東省ではいち早く社会保険の不正受給対策に乗り出し、2025年11月までに名義貸しなどの違法事案を1万2000件摘発、追徴額は約84億円(3億8000万元)を超えました。当局の意向は、「外国の自由を享受しながら、中国の社会保障もタダ乗りしたいのですか? そんなことは断じて許しません」ということです。

 最近、深センの裁判所が公開した事例は、多くの華人が抱いていた「二重取り」の幻想を木っ端微塵に打ち砕きました。当事者の章某は、かつて留学後にシンガポール国籍を取得しながら、身分を隠して深センの戸籍を保持し続けていました。シンガポールのパスポートで世界中をノービザで渡航しつつ、中国の身分証を使って国内不動産の購入や投資、ホテル宿泊を行う。そんな「特権」を謳歌していたのです。しかし、高性能なビッグデータには敵いませんでした。公安当局は、彼が10年間にシンガポールパスポートで187回、出入国しながら、中国ビザの申請を繰り返していた矛盾を突き止めました。結果、章某は戸籍を強制的に抹消されただけでなく、「不法滞在」「不法就労」と認定され、行政拘留と罰金という厳しい処分を受けました。この事例は海外華人を震撼させました。ひとたび戸籍が抹消されれば、身分証は無効となり、国内資産の処分は凍結、さらには定年前に積み立てた年金さえも「水泡に帰す」リスクがあるからです。

 これほど監視が厳しく、リスクが高いにもかかわらず、なぜ何万もの人々が後を絶たず国を捨てようとするのでしょうか。その答えは、彼らが肌で感じる「生きづらさ」の中にあります。オーストラリアに移住したあるブロガーは、その実感を語っています。「中国で会社を経営していた頃は、理不尽な要求や『暗黙のルール』への対応に忙殺され、常に不安の中にいました。しかし海外では、プロセスは透明でシンプル、ルール通りにやれば済むのです。」さらに彼を驚愕させたのは医療制度でした。友人が心臓ステント手術を受けた際、費用は全額無料、入院中は入浴介助まで受けられたといいます。「一人の人間として扱われる尊厳。」それは、国内では想像もできないものでした。また、スペインに移住した別の華人は、現地の物価の安さや快適な生活、医療・教育費の無償さを称賛しつつ、唯一の心残りも語りました。「もっと早く移住すればよかった、という後悔だけです。」

 一方で、決断できずにチャンスを逃した人々の後悔は、より苦いものです。ある女性はこう振り返ります。夫の勤める外資系企業が以前、チームごとカナダへの移転を計画し、ビザと支度金の提供を申し出たことがありました。農村出身でコネもない彼らにとって、それは運命を変える千載一遇の好機でした。しかし、変化への恐怖から、申請期限の前夜に断念してしまったのです。今、経済の減速、外資の撤退、そして激化する過当競争を目の当たりにし、彼女は幾度も眠れぬ夜を過ごしています。「チャンスは一度きりでした。逃した代償は、一生ついて回るのです。」

 国外脱出の波は、もはや富裕層の専売特許ではなく、階層を超えた「大脱走」となっています。日本政府の統計によれば、2023年の在留外国人のうち、中国からの新規移住者は82万人に達し、国別でトップとなりました。韓国やイギリスでも同様の傾向が続いています。対照的に、上海の外国人居住者はこの10年で5万人近く減少しました。外資が去り、企業が去り、高度人材もまた、静かに去ろうとしています。

 10兆円(680億ドル)を抱えて逃げた上海の富豪から、より良い生活環境を求めて海を渡った数多くの一般市民まで。身分や資産は違えど、彼らの選択は一つでした。それは、現在の中国に対する最も雄弁な答えなのかもしれません。「沈みゆく巨船が嵐の中で揺れ動くとき、誰もその道連れにはなりたくない」のです。

(翻訳・吉原木子)