日中関係の行方を注視されている人にとって、最も身近な変化は、昨年の年の瀬の、かつてないほど閑散とした空港の光景かもしれません。
外交関係の急速な悪化を受け、12月だけで日中間のフライトは約1900便もキャンセルされました。かつて多くの観光客やビジネスマンで賑わった空の回廊は今、乗客のいない「幽霊フライト」ばかりが飛び交う異常事態となっています。
また、この巨大な地政学的寒波の陰で、さらに残酷で、より生存に関わる悲劇が、中国内陸部の古都・西安で進行しています。それは、中国航空業界の華やかな外見とはうらはらに、すでに内部が崩壊し始めていることを告げる事件でした。
12月29日から31日までの新年を迎える最後の3日間。「なぜ最近、日本行きの便がこんなに減ったのか」と憶測が広がっている最中、ネット上ではある衝撃的なニュースが拡散されました。西安に本部を置く「幸福航空(Joy Air)」で、大規模な抗議デモが発生したのです。冷たい雨が降る中、制服に身を包んだ数百人のパイロットや客室乗務員たちは、陝西省政府の前に集結しました。彼らの背後には、2年もの間、給料を受け取っていない1000名以上の現場スタッフがいました。この光景に対し、中国のネット上では「日本行きの便が止まったのは、外交問題じゃなくて、パイロットがストライキを起こしたからだったのか?」という皮肉なコメントが飛び交いました。もちろん、幸福航空は国内線がメインであり、直接日本へは飛んでいません。しかし、この航空会社の親会社は、日中路線の最大手である「中国東方航空」です。このコメントは単なる誤解というより、中国の航空業界全体が抱える「内憂外患」を鋭く突いたものでした。
抗議に参加した従業員によると、幸福航空の従業員への給料の未払いは2年に及び、さらに社会保険や積立金に至っては4年間も納付されていないといいます。かつて「空の貴公子」と呼ばれた彼らは転職を余儀なくされています。住宅ローンや車のローン、そして家族を養うため、機長たちの多くは、ウーバーイーツのようなフードデリバリーやタクシードライバーへと転職をしました。中には、海外に出稼ぎに行き、建設現場や運送業で肉体労働に従事する者もいます。客室乗務員たちは、露店で花を売ったり、ライブ配信で小銭を稼いだりして、なんとかその日を凌いでいるのが現状です。ある元女性従業員は、「2021年に正式にフライトを始めてから2024年11月に退職するまでの3年4ヶ月間、まともな給料を一度も受け取ったことがありません」と悲痛な面持ちで語りました。また、「李」という仮名の機長は、未払いの給与や手当を含めると、会社に10万元、日本円にして約200万円以上の借金があるのと同じ状態だと明かしました。
2008年に設立された幸福航空は、単なる一民間企業ではありません。中国の国産旅客機を普及させるという「政治的使命」を背負い、軍事産業を背景に持つ「中国航空工業集団」と「中国東方航空」が出資して作られた、いわば「ナショナル・チーム(国家代表チーム)」の一員でした。日本の皆様から見れば、まさに「メイド・イン・チャイナ」の実力を示すショーケースとなるはずの企業です。しかし、天眼査(中国の企業信用情報機関)のデータによると、2025年のわずか4ヶ月間で8回も処分執行リストに載り、負債総額は、1112億円(約50億元)に達していると言われています。実際には2025年4月の時点で全面的な運航停止に追い込まれ、1000名以上の社員が自宅待機となっていました。従業員たちは、長年にわたる放漫経営と資金の不透明さが根本的な原因だと訴えています。
ここで最も皮肉であり、かつ深刻なことは、政府の対応です。かつては「絶対に潰れない」と信じられていた資本金の全てや過半数を出資する国策企業に対し、「政府は救済しない」と明言し、会社側は、初めて「清算、破産」の可能性を示唆しました。これは、長引く経済低迷と地方財政の枯渇によって、中国の体制内における「安定した職」という神話がついに崩壊し始めたことを意味しています。国の顔であるはずのパイロットさえもが「切り捨て」の対象となる現状。それは、政府による補填で繁栄を維持してきた従来の経済モデルが、いよいよ終焉を迎えつつあることを暗示しているのかもしれません。
この事件は中国のSNSで大きな波紋を呼んでいます。ある現役パイロットはライブ配信で、会社を「全身管に繋がれてICUに横たわる重症患者」に例え、3年間で数え切れないほどの家庭が崩壊したと訴えました。「借りた金は、誰かが返さなければならない。」その言葉は重く響きます。パイロットのような高度な専門職でさえ、経済停滞という断頭台を免れないのです。一般庶民の生活がどれほど厳しいかは想像に難くありません。幸福航空の1000名以上の従業員にとって、2026年の新年の鐘は希望の音色ではありませんでした。彼らに残されたのは、未来への深い迷いと、寒風の中で震えながら発した、「私たちにも養うべき家族がいる。一体どうやって生きていけばいいのか?」という、やりきれない問いかけだけなのです。
(翻訳・吉原木子)
