中国では例年、飲食店のオーナーたちは「汗水流した分に見合う利益」を手にすることができましたが、今年は「残ったのは疲労だけ」とため息をついています。
例年の今頃のSNSには、「目が回るほど忙しい」という喜びの悲鳴や、店の前にできた長蛇の列の写真が溢れていました。しかし2025年、その風向きは一変しました。相変わらず厨房は活気に満ちているように見えますが、深夜にオーナーたちが書き記すのは厳しい収支報告です。「帳簿上の売上は220万元だが、家賃、食材費、人件費、デリバリーアプリの手数料を差し引くと総利益はゼロ」。ある同業者は「1年間必死に働いて、ただの骨折り損だった」と1年を総括しました。
ネット上で議論の的となったのは、四川省でデリバリー専門店を営むカップルの事例です。動画の冒頭で「2025年は224万元(約4700万円)稼いだ」と語るものの、その後に続く明細は厳しい現実を突きつけます。原材料費68万元、人件費32万元、家賃と水道光熱費10万元といった従来の経費に加え、利益を食いつぶした最大の要因はプラットフォームへの支払いでした。51万元に上る販売手数料、注文数維持のための割引クーポン・配送コスト52万元、プロモーション費用11万元。最終的な純利益は「0元」でした。つまり、オンライン収入のほぼ半分が、オーナーの口座に振り込まれる前にプラットフォームによって吸い取られていたのです。
これは決して珍しいケースではありません。北京のあるレストランは年間売上181万元を記録しましたが、手元に残ったのは162万元。そこから家賃、給与、仕入れ、雑費、従業員の寮費などを差し引くと、最終的には26.5万元の赤字に転落しました。南京で190万元を投じて開業した海鮮料理店も同様です。直近の11月の売上は36万元と現在の環境下では健闘したものの、食材費や家賃、税金などを差し引くと、結果的に1.2万元の純損失となりました。
この「全方位からの消耗戦」において、飲食店オーナーたちは主に3つのプレッシャーに直面しています。 第一に、固定費の容赦ない高騰です。人件費や社会保険料、年々値上がりする家賃や食材費は、削ることのできない支出です。 第二に、プラットフォームへの依存という「諸刃の剣」です。注文を得るためにはプラットフォームに頼らざるを得ませんが、そこには高額な手数料と底なしのプロモーション費用が伴います。前述の四川省の事例が示す通り、売上の半分近くがプラットフォーム側に流れています。 第三に、業界内部の泥沼化した過当競争です。味や店舗の雰囲気だけでなく、マーケティングやアクセス数、さらには限界を超えた値引き(チキンレース)まで強いられています。同業者の間では「借金で食いつなぐか、別事業の利益で穴埋めするか」といった自嘲が飛び交い、「100万、200万の資金を投じて身を粉にするくらいなら、銀行に預けて定期預金の利息を受け取った方が賢い」という本音さえ漏れています。
こうしたミクロレベルの個人の悲劇が積み重なり、飲食業界全体の深刻な不況というマクロな図式を形成しています。中国の「紅餐産業研究院」の報告書によると、2024年から2025年にかけて、国内の飲食店の閉店率は22.66%という驚異的な数字に達しました。競争が激しい北京や上海、広州などの一線都市では、この数字はさらに跳ね上がり35%に達しています。中国の企業情報データベース「企査査」のデータは、この現状をさらに裏付けています。2024年に倒産した飲食企業は300万社に上り、過去の記録を更新しました。これと同時に、新規参入者の熱意も急速に冷え込んでいます。2025年1月から9月までの間、飲食関連企業の新規登録数はわずか189万社にとどまり、過去2年間の水準を大きく割り込んでいます。
閉店の連鎖よりもさらに業界を冷え込ませているのが、消費意欲の急激な落ち込みです。昨年の第3四半期、全国の飲食業における1人当たりの客単価は33元(約690円)にまで落ち込み、2023年と比較して2割以上も減少しました。主要45都市のうち、80%の都市で1人当たりの消費額が50元を下回っています。かつて景気のバロメーターであったビジネス向けの宴会や、伝統的な中華料理店の客単価も、87.8元から51.5元へと急落し、下落幅は41.3%に達しました。若者に絶大な人気を誇る火鍋でさえ、客単価が3割以上も落ち込んでいます。これら一連の冷たいデータの背景にあるのは、中国経済全体の疲弊です。企業の倒産ドミノがもたらす失業率の高止まりが人々の財布の紐を固く縛り、日々の生活への不安が深刻な買い控えを余儀なくさせているのです。「以前はいくら儲かったかを自慢し合っていた」のが、「今はどれだけ赤字を抑えられるかのチキンレース」へと変わってしまった飲食業界。そこから漏れるため息は、単なる一業界の不況を物語るものではありません。それは、先行きの見えない経済低迷の中で、一般市民が「生活を楽しむ」段階から「ただ生き残る」段階へと防衛線を後退せざるを得ない、過酷な現実をありありと映し出しているのです。終わりの見えない厳しい冬の中、見せかけの賑わいが残るのは帳簿の売上欄だけであり、本当の寒さは人々の骨の髄まで染み込んでいるのです。
(翻訳・吉原木子)
