中国経済の低迷が続くなか、社会のさまざまな矛盾や衝突が目に見えて増えており、とりわけ農村部でその傾向が強まっています。米国のフリーダム・ハウスが運営する中国異言網(China Dissent Monitor)によると、2025年に記録された抗議活動は5000件を超え、2024年から大きく増えました。増加の背景には、中国の景気減速があると分析されています。

 英国のガーディアンは独自取材として、今年に入ってから中国の農村では、土地収用、宗教施設の撤去、火葬の強制政策、国有企業による農民の生計の侵害などをめぐり、抗議活動が目立って増えていると報じました。規模はそれぞれ異なるものの、複数の省で繰り返し起きているといいます。

農村で相次ぐ集団抗議

 中国異言網の追跡データによると、今年1月から11月までの11か月間に記録された農村部の抗議事件は661件にのぼり、昨年1年分と比べて約7割増えたとされています。事件は海南省、湖南省、貴州省、雲南省など各地に広がり、土地収用の補償、宗教や慣習をめぐる衝突、農作物の破壊など、争点も多岐にわたっています。

 英国のガーディアンは海南省臨高県(りんこうけん)の例を挙げ、地元政府が小規模な道教寺院を撤去したことをきっかけに、村民の抗議が起きたと伝えました。抗議の規模自体は大きくなかったものの、似たような構図は中国の農村で繰り返されており、地方政府に対する生活層の不満が積み重なっている実態を映し出しています。農村の土地収用は以前から集団事件の主要な火種でしたが、景気の悪化がその対立をさらに激しくしているという見方です。

 不動産市場の低迷が続くにつれ、地方政府の財政収入は大きく落ち込みました。複数の推計では、中国の地方政府が抱える表の債務と、いわゆる隠れ債務を合わせた総規模は、約980兆円(44万億元)に達するとされています。土地使用権の売却収入が減る中、地方当局は財政の穴埋めとして、農村の土地を収用して開発事業を進めることに傾きやすくなっています。しかし、補償の水準が低い、手続きが不透明、事前協議が不十分といった問題が重なり、農民の利益は地方政府の各級官僚によって侵食されていると指摘されています。

 今年9月には、湖南省の一部地域で農地の収用に反対する農民の抗議が起きました。さらに11月には、貴州省の複数地域で、中国当局が進める火葬政策に不満を持つ農民が街頭に出て抗議しました。これらの出来事は表面的には別々で、きっかけも異なりますが、矛先はいずれも、財政難を背景に地方政府が生活層の利益を侵食しているという点に向かっているのです。

国有企業と強制政策 生活の衝突が不満に火を付ける

 10月31日、海南省琼中県(けいちゅうけん)で、近年で珍しい大規模な農村の集団抗議が起きました。中国の国有企業が農民と協議しないまま、深夜に実がなり始める直前のビンロウジュ(檳榔樹)を大量に伐採し、地元農家の主要な収入源を事実上断ち切ったのです。怒った村民は、その国有企業の支社のオフィスビル前に集まって抗議し、車を横転させたり、機動隊に石を投げたりして「土匪の巣窟を倒せ」などと叫んだといいます。

 事情を知る村民によれば、伐採されたビンロウジュはいずれも正式な土地証明を持つ農地に植えられており、実を付ける直前の木が一晩で千本以上も失われたとされています。単一の作物に生活を依存している家庭にとっては、まさに致命的な打撃でした。この出来事はSNSで急速に拡散し、今年の農村抗議を象徴する事例の一つになりました。

 一方で、雲南省鎮雄県(ちんゆうけん)と貴州省息烽県(そくほうけん)では11月下旬、地方政府が火葬政策を強制的に進めることに反対し、数千人規模の抗議が相次いで発生しました。雲貴地域は少数民族や伝統的な農村社会が多く住む地域で、土葬の慣習は文化の一部であるだけでなく、家族や宗族のつながりとも深く結び付いています。強制的な火葬は、多くの村民にとって伝統と尊厳を踏みにじるものと受け止められ、抗議は約1か月にわたって続いたとされています。

 これらの出来事は、現在の農村の抗議が、土地収用の補償をめぐる争いといった経済問題だけにとどまらず、生活の安全保障や文化的な自己認識といった領域へ広がっていることを示しています。

帰郷しても職がない 滞留の影が招く社会不安

 経済成長の鈍化に加え、激しい競争の過熱が進んだことで、もともと都市で働いていた出稼ぎ労働者の多くが職を失い、農村へ戻らざるを得なくなっています。かつてのように「出稼ぎして実家に送金し、家計を支える」という循環とは違い、今戻ってきている人たちの中には、まだ定年年齢に達していないのに、都市では暮らしを立て直せず、農村でも安定した収入源を見つけられない人が少なくありません。

 台湾の中央研究院社会学研究所の陳志柔(ちん しじゅう)所長は、この世代の帰郷者は都市生活の経験を持ち、権利意識も以前より強い傾向がある一方で、農村に戻ると収入を得る機会が極端に限られている現実に直面すると指摘します。心理的な落差と現実の挫折が同時に積み重なるため、抗議行動に参加したり、動きを広げたりする側に回りやすいという見立てです。陳氏は、こうした農村の抗議が短期的には中央の政権を直ちに揺るがすとは限らないものの、中国当局にとっての対応コストは確実に上がっており、末端の統治にとって長期的な課題になると述べています。

 中国当局が最近「大規模な帰郷・滞留の発生防止」を異例の呼びかけで示したことは、問題の深刻さを認識していることを示しています。微博(Weibo)のインフルエンサーである「育跑跑」は、多くの農村地域では医療や高齢者扶養の費用が長年、若者が出稼ぎで稼いだ収入に依存してきたと分析しています。その若者が大量に戻ってきたうえ、失業状態が長期化すれば、地域社会の安定は一気に崩れかねないというのです。

 中国のネット上の反応も鋭いものでした。あるネットユーザーは「仕事が見つからないのを柔軟就業と呼び、職を失って帰るのを滞留と呼ぶのか」と皮肉りました。別の投稿では「留守児童は誰も面倒を見ないのに、帰郷滞留は防ぐのか」と批判しています。また「都市で支出ばかりで収入がないなら、帰郷は必然の結果だ。問題の根本は雇用にある」と率直に指摘する声もありました。

 全体として、2025年に農村の抗議が急増した背景には、景気の悪化、地方財政の枯渇、都市と農村の構造的不均衡、社会保障の弱さが重なっていると考えられます。発生頻度と激しさは、中国社会の足元で、すでに一定の揺らぎが始まっていることをはっきり映し出しています。

(翻訳・藍彧)