「一晩で約400円(20元)しか稼げない。これで家族を養えるのか?借金を返せるのか?自分ひとりさえ食わせられない。情けない!」夜の街は街灯もまばらで、道はガラガラでした。そんな中、あるフードデリバリーの配達員がバイクを走らせながら、突然感情が崩れ、かすれた叫びが、空っぽの夜道に響き渡ります。続いて「あぁ…あぁ…あぁ…」と、喉が裂けるような絶望の声。見ていた人は胸を締めつけられ、ネット上でもため息が広がりました。

 似たような動画は、中国のSNSで繰り返し拡散されています。吹雪の中で料理を運びながら涙をこぼす配達員。路肩で何度も倒れかけても走り続ける配達員たちの姿。彼らは怠けているからではありません。「生きること」そのものが、あまりにも過酷だからです。

 これはなぜなのでしょうか。

 中国共産党は「すべての中国国民の利益を代表する」と宣伝しますが、実際には体制の目的が、権力層の家族の利益を守ることにあるのではないかという指摘です。

 ここで、鄧小平が公の場と非公開の場で行った発言を比較すると、違いがはっきり見えるでしょう。

 まずは公の場での発言です。

 1985年9月23日、鄧小平が中国共産党の全国代表会議で次のように述べました。
 「一部の地域や一部の人々が先に豊かになることを奨励するのは、より多くの人々が豊かになるのを助け、共同富裕という目標に到達するためでもある」

 一方、2008年に中国の公式系サイト「新浪網」が掲載した「『先富』理論の策定プロセス」という記事によれば、鄧小平はある非公開の会議で、次のように述べたとされています。
 「現段階で、誰を豊かにするのか、誰を先に豊かにするのか。これはまだ、私たちの権限の範囲で握ってコントロールできるし、実際にやれることだ。この点において本当に公平な競争ができないのなら、そんな話はしないほうがいい。私たちの後継者はここ数年、さまざまな鍛錬を積んできた。いま私たちは、彼らを合弁企業に配置してさらに鍛えるか、あるいは彼ら自身にグループ会社を作らせて、利益の出ない国営企業を買収させる。彼らなら必ずやり遂げられるはずだ。私たちが適切な政策を与え、適切な人脈やチャンスを活用することを認めさえすれば、彼らを先に豊かにするのは難しくないはずだ。しかし、世論面では、ゼロから這い上がって成功した万元単位の資産を築いた人々をもっと宣伝すべきだ。そうすれば、機会は平等で、公平な競争があるように見えるだろう」

 世界の製造業でトップ、GDPでも世界2位に並ぶ中国で、なぜ最も底辺層の人々の暮らしはこれほど厳しいのでしょうか。なぜ無数の中国製品が国際市場で飛ぶように売れているのに、一般労働者の収入は、目に見えて増えていかないのでしょうか。

 中国の製造業は、長年輸出頼みで走ってきました。これはもう、秘密でも何でもありません。おもちゃから家電、服からスマホ部品まで、中国製の商品は海外市場のあちこちに入り込み、上海港や深セン港はほぼ昼夜を問わず稼働しています。輸出の数字も、長年ずっと世界の上位に並んできました。

 しかし「輸出チャンピオン」がもたらしたのは、国民全体の暮らしが広く良くなることではありませんでした。お金と利益は、資本を持つ側や、中国共産党の権力層に集中する構造が続いています。工場のオーナーは大きく儲かっても、普通の労働者は生活を回すだけで精一杯、という状況に陥っています。

 このゆがみを、ものすごく単純な例で説明しましょう。ある工場が玩具を1つ作り、海外に100元で輸出するとします。原材料や設備の減価償却、販売費などを差し引くと、利益として30元から40元くらい残ります。

 ところが、そのうち労働者に回る分は、数元しかありません。下手をすると、それ以下です。言い換えれば、労働者が生み出した価値に比べて、手にする取り分があまりに小さいのです。本来なら、もっと報われてもおかしくないのに、実際の分配では生産価値に見合わない低い報酬しか得られません。そのため、自分たちが作ったものを買いたくても、低すぎる収入のせいで、現実にはほとんど夢物語になってしまいます。

 マクロで見れば、中国はここ数十年で確かに莫大な富を生み出しました。しかし、その富が公平に分配されたとは言いにくい状況です。統計データやメディア報道では、中国国民の所得格差は広がり続けており、ジニ係数などの指標が国際的な警戒ラインを上回った時期もあったとされています。富は少数に偏って集中しています。

 2010年には、中国の「財経国家週刊」が世界銀行のデータを引用し、中国の上位1%の世帯が全国の富の41.4%を握っていると伝えました。集中の度合いは米国をはるかに上回り、世界でも最も格差が深刻な国の一つとなっているという指摘でした。

 この現象は、たまたま起きたものではありません。長い時間をかけて積み重なった制度的な構造が生んだ結果です。中国国内の研究や観察でも、分配のゆがみは主に、収入源の格差や、官僚体制のもとで権力と資源の配分が偏ることなどに表れているとされています。専門家の指摘では、分配の不公平は単なる市場の問題ではなく、もっと深いところで制度設計や権力の配り方に根を張っている、という見方です。

 中国の製造業と、輸出主導の発展モデルがどう動いているのでしょうか。仕組みをよく見ると、根本的な矛盾が2つ見えてきます。

 1つ目は、国際市場での値段と、国内での購買力がつり合っていないことです。中国企業は海外で、先進国と同じ水準の価格で勝負します。「国際競争力」を掲げ、価格も欧米や日本の市場に合わせます。ところが中国国内で見ると、その価格はすでに中高水準にあり、一般消費者の購買力は、先進国の消費者には遠く及ばないのです。結果として、先進国の人が買える商品でも、中国の一般的な賃金で暮らす層には簡単に買えません。ここに大きなねじれがあります。

 つまり、国内で生み出された価値の多くが、社会の大多数の消費と収入に十分には戻っていないということです。作っているのに、買えません。働いているのに、生活に余裕が出ません。こうした感覚が広がりやすい土台になっています。

 2つ目は、労働者の賃金の伸びが、企業の利益や資本のリターンの伸びに大きく置いていかれていることです。研究では、中国が世界貿易機関(WTO)に加盟し、グローバルな産業分業に深く組み込まれてから、輸出産業の賃金上昇は企業側によって抑えられてきたと指摘されています。企業は利益を最大化するために、労働コストを切り詰め続けています。その結果、労働者の収入の伸びは、資本の利益や企業のもうけの伸びよりもはるかに遅くなってしまうという構図です。

 この構造的矛盾がもたらす直接的な結果は、企業は大きく儲けても、その経済成長の果実が、一般労働者の収入を目に見える形で押し上げていません。賃金の伸びは鈍く、買う力も弱いままです。そうなると、内需が盛り上がりにくくなり、市場全体の活力も落ちていきます。

(翻訳・藍彧)