現在、日中関係は再び緊張の度合いを強めています。11月下旬、中国の文化・観光部は日本への渡航注意を発表し、日本では「治安が悪化している」「犯罪が急増している」と主張したうえで、中国国民に「当面は日本への渡航を控えるよう」強く呼びかけました。
この通知は瞬く間に大きな反響を呼び、主要メディアが連日報じ、SNS上では「日本に行くのは非国民だ」といった過激な投稿まで広がりました。
通知発表から数日も経たないうちに、日本行きの航空券は大量キャンセルの波に見舞われ、54万枚以上が取り消されたとされています。複数の航空会社は日本便について無料の変更・返金に応じ、12月末まで全額払い戻しや振替を認めるなど、地政学的リスクに対応する姿勢を急速に強めました。
しかし、航空券のキャンセル後、さらに深刻な問題が露呈します。多くの旅行者がオンラインで予約した日本のホテルを取り消そうとしたところ、「返金不可」と告げられ、相当な損失を抱える事態に陥ったのです。ホテルによっては「チェックイン日の15日前を過ぎれば無料キャンセル不可」と定められており、航空便が欠航となっても宿泊費は自己負担となるケースが相次ぎました。
旅行プラットフォームの対応も利用者の不満を高めました。「同程旅行(以下、同程)」を通じて予約した利用者によれば、キャンセルを申し出た際「ホテル側が返金に同意していない」と説明されたものの、自らホテルへ問い合わせると「返金可能」と回答されたというのです。この食い違いにより、「本当にホテルに確認しているのか」「返金を避けるために意図的に説明しているのではないか」といった疑念が生まれました。
さらに同程のカスタマーサービスが利用者に「自発的キャンセル」を選ぶよう誘導し、その後「利用者都合」を理由に数百元の手数料を差し引いたという証言も出ています。
SNSには同様の体験談が次々と投稿され、「ホテルのせいにして返金を避けている」、「情報格差を利用した詐欺まがいの手口だ」といった批判が噴出しました。あるユーザーは、「皆で一致して『反日』していると思っていたのに、最初に裏切ってきたのは身内だった」と憤りを示しています。
この一連の混乱はネット上で大きな議論を巻き起こしました。若い世代からは「日本がそれほど危険な国だとは思えない」「一度でも日本に行ったことがあれば、政府の宣伝を鵜呑みにするはずがない」といった声が出ましたが、こうした冷静な意見は、瞬く間に膨大な煽動的投稿にかき消されていきました。
今回の大量キャンセル現象は、単なる旅行トラブルにとどまりません。政府が不透明な情報環境を利用し、国民の感情をどのように誘導しているのかが浮き彫りになった事例でもあります。恐怖を煽り、感情を高ぶらせ、その勢いのまま政治的に好ましい方向へと導く——たとえその選択が、最終的に国民自身の利益を損なうものであっても。
こうした「感情を利用した世論操作」は旅行分野に限られません。日中関係が緊張し、民間交流が縮小するなかで、日本の歌手・浜崎あゆみさんが11月末に予定していた上海公演でも、同じ構造が見て取れます。公演前日、主催者は突然「不可抗力」を理由に中止を発表しました。浜崎さんによれば、この知らせが届いたのは当日の朝だったと言います。日本と中国のスタッフが5日間かけて作り上げたステージは、開演直前で事実上白紙となりました。
しかし浜崎さんは歌うことを選びました。11月29日、観客のいない会場で予定されていたセットリストをすべて歌い切り、その様子を完全に記録したのです。翌日、浜崎さんがInstagramに投稿した写真には、観客ゼロの巨大アリーナ、点灯された本番仕様の照明、正式な衣装が写っており、多くの海外ファンから称賛の声が寄せられました。
本来であれば、プロとしての誠意を示す象徴的な出来事として伝えられるはずでした。しかし中国のメディアは12月1日夜、「ネット上の写真や動画はリハーサルの盗撮であり、『無観客公園』は事実ではない」と報じ、スタッフの「謝罪声明」とされる画像まで公開しました。
これにより、中国のネット世論は二分されます。愛国系ユーザーの一部は公式メディアの発表をそのまま受け入れ、「自作自演だ」「同情を買うための演出だ」と浜崎さんを非難しました。他方で多くのユーザーは「では浜崎本人がInstagramに投稿した写真は何なのか」と疑問を呈し、「中国人は海外の情報を見られないと思っているのか」と皮肉る声も相次ぎました。
こうして同じ出来事が、中国国内と国外で全く異なる「二つの物語」として語られる状況が生まれました。情報が遮断され、再構成されることで、国民は事実の断片すら自力で確認できない状態に置かれているのです。
さらに当局は、写真を投稿したとされる「関係者」を拘束し、公の場で「悔過書」を書かせました。この対応は、政府が真実の拡散そのものを恐れていることを示しています。誠実に契約を守り、観客への敬意を示した日本のアーティストの姿が国内で広まれば、長年築かれてきた反日ナラティブが揺らぐ可能性があるからです。
退票騒動と浜崎あゆみ公演の中止、一見まったく別の領域の出来事に見えますが、その根底にある構造は同じです。政府は情報と感情を管理し、国民に特定の反応を示すことを期待している。その過程で国民が損害を被ろうと、事実が歪められようと、優先されるのは常に「政治的ストーリーの維持」なのです。
ここで問われるべきなのは、日本が危険かどうかではありません。
国民に真実を見せまいとし、情報を握りつぶし、都合のよい物語へ書き換える権力構造そのものこそ、最も危険な存在と言えるでしょう。
そして、国民が事実を知れば崩れてしまうような統治モデルは、いずれ必ず限界を迎えます。情報の独占が続く限り、国民は操作され、誤った判断を迫られ、損失だけを押し付けられる——その犠牲は今後さらに大きくなるはずです。
本当に必要なのは、敵意を煽り、外部に敵を作り出す政治ではなく、事実に基づいた判断を可能にする透明な情報環境です。
真実が自由に流通してこそ、中国社会は現在の「操作される運命」から解放されるのです。
(翻訳・吉原木子)
