夜中に突然目が覚めても大丈夫?~古代人の睡眠の真実を探る~
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 あなたは夜中にふと目が覚めて、なかなか寝つけず、何度も寝返りを打った経験はありませんか?「明日は仕事なのに、どうしよう」と焦り始め、ますます目が冴えてしまう…。そんなこともあるでしょう。また、「8時間ぶっ通しで眠るのが健康の秘訣」といった“常識”を聞いたことはありませんか?途中で目が覚めたり、8時間眠れなかったりすると、「体に悪いのでは」「老化が早まるのでは」と不安になる人もいます。さらにインターネット上では、「夜11時から午前1時までは“胆経”が活発になる時間で、この時間に寝ないと体が壊れる」という説まで流れています。こうした言説のせいで、よく夜更かしをする人や、夜更かしをせざるを得ない人が大きな心理的プレッシャーを感じるようになっています。

 しかし、こうした“睡眠の常識”は、実はまったくの誤解かもしれません。睡眠の真実は、私たちが思っているよりもはるかに複雑で、しかも興味深いのです。今回の文章では、時空を超えた古人の知恵を現代科学の発見と重ね合わせながら、現代生活に埋もれてしまった睡眠の真相を見ていきましょう。

眠らなくなかったハンガリー兵

 1915年、第一次世界大戦の最中。ハンガリーの兵士ポール・ケルン(Paul Kern)は戦場で頭部を撃たれてしまいました。弾丸がこめかみから入り、前頭葉の一部を破壊しました。通常なら致命傷ですが、驚くべきことに、彼は奇跡的に生還しただけでなく、“超能力”ともいえる特異な状態を得ました。なんと、彼は完全に「眠る能力」を失ったのです。それからの35年間、ケルンさんは一度も眠ることなく生き続けました。しかも、精神状態は良好で、日常生活にも支障がなく、晩年になるまで特に問題は見られませんでした。三十余年のあいだ、ケルンさんはとても元気で頭が冴え、日々の生活も普通の人々と変わりませんでした。晩年を迎える頃になってようやく、軽い頭痛や神経の不調が彼に訪れました。

 ケルンさんの症例は医学界にとって未解決の謎です。科学者たちは、睡眠が脳内の毒素を排出し、記憶を整理するために必要だと知っていますが、「なぜそれが“無意識”の状態でなければならないのか」、そして「なぜケルンは35年間眠らずに健康を保てたのか」という問いに、現代医学はいまだ答えることができません。

 一方で、西洋の科学者たちが議論を続けるなか、中国の古書にはすでにその答えが記されていたかもしれません。唐代に編纂された『酉陽雑俎』には、終南山の修行者の一人が昼夜を問わず眠らずに過ごしても、顔色つややかであったという記述が見られます。もしかして、古代中国人はすでに、現代の理解を超える“眠りの秘法”を知っていたのでしょうか。

忘れられた古代の知恵「二段階睡眠」

 睡眠の真実を探るために、ある西洋の学者の発見を見てみましょう。1990年代、アメリカの歴史学者ロジャー・エキルチ(Roger Ekirch)は著書『夜の歴史(A History of the Night)』の研究中において、中世ヨーロッパの睡眠パターンが現代とまったく異なることを偶然発見しました。彼は膨大な史料を調査し、2,000件を超える記録を集めた結果、驚くべき事実を明らかにしました。

 「中世のヨーロッパ人は、私たちのように『朝までぐっすり』ではなく、『二段階睡眠(biphasic sleep)』というリズムで眠っていたのです」

 そのパターンを見てみましょう。日没後の午後7~9時頃にまず3~4時間ほど眠り、夜11時から12時頃に自然に目が覚めます。この時間帯を「中夜(the watch)」と呼び、人々はその間にさまざまな活動をしていました。家畜に餌をやる、家事をする、祈祷をする、過去を振り返る、将来の計画を立てる、あるいは近所に立ち寄って話をする、などなど。そして午前2~3時頃に再びベッドにつき、夜明けまで眠りました。

 エキルチさんの発見は、私たちの睡眠観を根底から覆しました。しかし、この「二段階睡眠」はヨーロッパ特有のものではありません。東洋と西洋の医学文献は、この点で驚くほど一致しています。明代の宮廷医師・劉文泰は『本草品彙精要』の中で、夜に薬を服用する際は2回に分けるべきだと記しています。つまり、最初は子の刻(23時~1時)に目が覚めた時、陽気が生じ始めるのに合わせて安神薬を服用し、次に丑の刻(1時~3時)に目が覚めた時、肝経が活発になり解毒が促される時間に治療薬を服用することです。

創造力と決断力の頂点「中夜」

 この「真夜中に目が覚める」現象は、偶然ではありません。『黄帝内経』によると、子の刻(23時~1時)は陽気が生じ始める時間であり、丑の刻(1時~3時)は肝経が最も活発になる時間とされています。「肝を据える」という言葉があるように、肝は思考や判断、決断と深く関わっています。

 唐代の医学者・孫思邈は『千金要方』の中でさらに、中夜の時間帯は静坐や呼吸を整え、瞑想や内省を行うのに最適だと述べています。なぜなら、この時間には気血が胆経をめぐり、人の精神が最も冴えるからです。

 仏教の経典にも同様の考えが見られます。『阿弥陀経』や『大智度論』では、夜を初夜・中夜・後夜の三つに分け、そのうち中夜(23時~3時)は「醒めて思う」時間として示されています。つまり、瞑想・反省・決断に最もふさわしい時刻とされているのです。

 現代科学もまた、この古代の知恵を裏づける証拠を示しています。研究によれば、人間のコルチゾール値(ストレスホルモン)は午前1時から3時の間に自然に上昇し、脳の記憶領域や意思決定中枢の活動が非常に活発になることが確認されています。これは『黄帝内経』の「中夜は決断力が最も強い」という記述と一致しています。

 北宋の文豪・蘇軾(蘇東坡)の逸話は、この現象を生き生きと伝えています。『記承天寺夜遊』の中で、彼は真夜中に目を覚まし、月明かりが部屋に差し込むのを見て、友人の張懐民を誘って散歩に出たと記しています。そこで、張懐民もまだ起きており、二人は庭を歩きながら月を愛でました。現代人から見れば、これは二人の「眠れぬ夜の気晴らし」と思われるかもしれませんが、改めて見てみると、当時の北宋では、真夜中に目を覚ますことがごく普通のことだった可能性があります。現代人が深夜にスマートフォンをいじる代わりに、古代の人々は散歩をし、思索し、ときには創作をしていたのです。

なぜ私たちは「分割睡眠」を忘れてしまったのか

 かつて「二段階睡眠」は人間にとって自然なリズムでした。では、なぜ現代人は「8時間連続で眠ることが健康的」と信じるようになったのでしょうか。その理由は、現代の生活様式の変化と深く関係しています。

 まず決定的な転換点となったのは、産業革命です。電灯の普及により、人々は「日入りて息う(=日が沈めば眠る)」という生活から離れ、夜間の活動時間を延ばすようになりました。さらに、工場のライン作業やシフト制度が導入され、労働者は厳密な時間に従って眠り起きる生活を強いられました。分割睡眠は、このような効率第一の産業社会のリズムとは相容れなかったのです。中国でも、清代の景徳鎮の官窯では三交代制が導入され、職人たちは「連続して眠る」という新しいルールに適応せざるを得ませんでした。

 興味深いことに、「失眠(insomnia)」という言葉が英語に登場するのは18世紀半ば、ちょうど産業革命の興隆と二段階睡眠の減少が重なる時期です。これは、失眠(不眠)が人間本来の状態ではなく、むしろ現代的生活の産物であることを示しています。私たちが自然に反する睡眠パターンを強制するとき、不安や焦りが生まれるのです。

睡眠を見直す~古人の知恵が私たちに教えること

 二段階睡眠の真相を理解した今、私たちは現代の睡眠習慣を完全に変えるべきなのでしょうか?必ずしもそうではありません。現代社会の仕事のリズムや人間関係、テクノロジーの環境は、古代のような分割睡眠をそのまま再現することを難しくしています。ここでは、古人の知恵から得られるいくつかのヒントを挙げましょう。

中夜の覚醒を受け入れ、心の負担を減らす

 次に夜中に目が覚めたとき、焦って再び寝ようとしたり、「もうダメだ」と自分を責めたりしないでください。それは、あなたの体の中に眠る古代のリズムが「今こそ思考と創造の時間だ」とあなたに知らせているのかもしれません。無理に眠ろうとする必要はありません。読書や日記を書く、瞑想、あるいは軽い創作などを試してみましょう。

睡眠のパターンをもっと柔軟に

 『黄帝内経』には、睡眠の本質を示す次の一節があります。「陽気が尽きれば眠り、陰気が尽きれば目覚める。①」つまり、「8時間眠らなければならない」「朝まで通して眠るべき」といった固定観念を手放し、自分の体のリズムに合わせて柔軟に睡眠時間を調整することが大切なのです。

中夜の創造力を活かす

 もし生活環境が許すなら、真夜中に目が覚めた時間を、深い思考や集中作業に充ててみるのも良いでしょう。多くの作家・芸術家・起業家が「夜中の思考は格別に冴え、ひらめきが生まれやすい」と語っています。

 もちろん、分割睡眠がすべての人に合うとは限りません。しかし、私たちはその核心にある「自然のリズムに従う」という考え方を取り入れることができます。20~30分の昼寝を取り入れたり、夜に静かに内省する時間を設けたりするのもよいでしょう。

 再び『酉陽雑俎』に登場する、あの終南山の「眠らない修行者」に話を戻しましょう。なぜ彼は眠らずにいながらも精気に満ちていたのでしょうか。その答えは道教の「純陽真人」という理念にあります。修行によって体内の陽気を充実させ、眠りによる陰気の排出を必要としない境地に達していたのです。

 このような境地は一見神話のように聞こえますが、そこには重要なポイントがあります。睡眠の本質とは、陽気を回復し、心身のバランスを整えることにあります。私たちが執着を手放し、自然に従うことができれば、一度の睡眠でも、二度の睡眠でも、あるいはときどき眠れない夜が訪れても、それは健康の妨げにはならないのです。

 最終的に、『黄帝内経』の知恵が示す睡眠の真髄は、「眠くなったら眠り、目が覚めたら起きる」なのです。「8時間睡眠」や「胆経を休ませるべき」といった固定観念を忘れ、自分の体の声に耳を傾けましょう。そうすれば、あなたは本当の意味で、自然と調和した自由な境地「逍遥(しょうよう)」に一歩近づけるはずです。

註:

①中国語原文:「陽氣盡則臥,陰氣盡則寤。」

(文・陳静/翻訳・慎吾)