11月24日、中国社会に漂う緊張を象徴するような出来事が静かに起きました。広西自治区北海市の市政府前で、一台の青い乗用車が突然加速し、武装パトロール車に突っ込みました。白煙が立ち上り、金属音が何度も響き渡ります。公安や警備員が盾を構えて一斉に車へと近づき、車体を警棒で激しく叩き、運転手の男性を引きずり出して連行する様子が確認されました。住民たちは小声でこの事件を語りますが、映像は中国のネット空間から瞬く間に消されました。男がなぜここまでの行動に出たのかは不明ですが、「理由もなく市政府に突っ込むとは考えにくい」と多くの市民が感じています。

 これまで中国で頻発してきたのは、主に底辺層同士の衝突でした。しかし今回の矛先は、明確に政府そのものへ向けられています。政治的な締め付けが続き、経済は下向き、人々の不満は静かに積み重なってきました。その圧力が、ついにこうした事件の形となって噴き出し始めているのです。

 状況をさらに深刻にしているのが、全国で発生している異例の「早すぎる返郷ラッシュ」です。例年、農民工(出稼ぎ労働者)が故郷へ戻るのは旧正月前ですが、今年は9月からすでに戻り始め、11月には「雪崩」のように膨れ上がりました。広州白雲駅、深圳北駅、東莞のバスターミナルでは、粗い編み目の大袋や古いスーツケースを引きずった農民工たちが、黙ったまま長い列をつくっています。正月を祝うための帰郷ではなく、「都市から追い返されている」ような光景です。都市には仕事がなく、工場は止まり、工事現場も動かず、最低賃金の単純労働すら消えつつあります。

 東莞で22年間働いてきた河南省出身の男性は、「10月末に工場から『12月の注文は全て無くなった』と通知された」と語ります。生産ラインは3本から半分に減り、給料は5500元から3000元台へ下落し、家賃すら払えない状況だと言います。この話は特別ではなく、珠江デルタや長江デルタの工場で繰り返し聞かれる声です。輸出の低迷、対米輸出の急落、製造業の景況感指数の長期低下、そして37ヶ月連続のPPI下落が示すデフレ傾向、経済の冷え込みは隠しようがありません。

 都市部でも消費の冷え込みは顕著で、かつて熱狂を生んだ「ダブルイレブン(11月11日の大型ECセール)」さえ、今年は史上まれに見る高い返品率を記録しました。女装は80〜90%、男装でも50%近くが返品され、商家は大きな損失を抱えています。上海南京路や広州北京路の繁華街でさえ、平日は人影がまばらです。都市が人々を支えられなくなり、むしろ彼らを「吐き出し始めている」ような状況です。

 しかし、帰る先の農村もまた受け皿になっていません。農地は大規模農家に貸し出され、耕そうとすれば高額の地代が必要です。1ムー(約6.7アール)当たりのコストは1000元を超える一方、収穫物は600〜700元にしかならず、赤字が避けられません。農村の年金は平均して200元前後で、地域によっては130元台のところもある。都市でも農村でも居場所を失った彼らは、生活基盤そのものを失いつつあります。

 こうした現実は、北京にとって重大な危機感を伴うものです。農業農村部の会議で「大規模な返郷滞留を断固防止せよ」という表現が使われると、ネット上では瞬く間に議論が広がりました。各地の村委会は帰郷者に事前報告を義務付け、就労証明の提出を求め、帰郷を理由に低所得者向け補助を停止するとの通達を出す地域もあります。村の入口に検問所を設置し、バス路線が一時的に遮断されるケースも報告され、「都市にもいられず、農村にも戻れない」異常な状態が生まれています。

 三億とも言われる農民工は、沿海部の経済を支えるだけではなく、内陸の県城や小都市の消費をも支えてきました。彼らが都市で稼いだお金を毎月ふるさとへ送ることで、飲食店、八百屋、雑貨店、学習塾、結婚式場など多くの地方産業が維持されてきたのです。しかし今、その「血流」が一気に途絶え、地方都市は急速に壊死し始めています。店は閉まり、家賃を半額にしても借り手はつかず、住宅価格は暴落。失業が広がり、それがまた返郷者を増やす悪循環が生まれています。

 外資の退潮も加速しています。スターバックス、ハーゲンダッツ、アップル関連工場などが減産や東南アジアへの移転を進める中、台湾のインフルエンサーが厦門で大型ジムチェーンを展開すると発表し、むしろ逆に注目を集めました。しかし反応は冷え切っています。「外資が逃げている今、なぜこのタイミングで?」との疑念が噴き出し、一部では資金移転の「迂回路」ではないかという噂まで出ています。真偽は分かりませんが、人々の不安の深さを象徴する現象です。

 さまざまな要素が重なり合い、今の中国は単なる経済の衰退だけではなく、民間の怒りが爆発寸前であることを示しています。北海での衝突事件は、その一端が「たまたま表に出た」にすぎません。都市にも農村にも滞留し、仕事も収入も保障もない膨大な人々は、社会の深部に埋め込まれた見えない地雷のような存在になりつつあります。こうした群衆が今後どのような行動に出るのか、もっとも恐れているのは北京自身でしょう。

 歴史は同じ形で繰り返されないと言われますが、そのロジックは驚くほど似通うことがあります。王朝末期に大量の流民が生まれ、動乱が起きた例は少なくありません。現在の中国では、沈黙が必ずしも安定を意味しないことを、多くの人が肌で感じ始めています。静けさは、むしろ嵐の前触れです。

 2025年に向かう今、返郷ラッシュは春節の帰省ではなく、「静かな離脱」に近い現象となっています。市政府に突っ込んだ車のヘッドライトは、これから始まるかもしれない時代の裂け目を一瞬照らし出したのかもしれません。

 崩壊は、いつも小さな亀裂から始まります。そしてその亀裂は、すでに隠しきれないほど広がっています。

(翻訳・吉原木子)