ここ数年、日本旅行に慣れた中国人観光客は、もはや日本の街並みの一部のような存在になっています。浅草寺の前で記念撮影をする団体客、銀座のデパートでスーツケースを引きながら香水を試す人、ドラッグストアの店先で円と人民元のレートを計算する若い夫婦。そんな見慣れた光景に、11月中旬、突然政治的な影が差しました。
高市首相が国会で「台湾有事」を巡る安全保障上のリスクに言及したことを受け、北京はすぐに反応しました。中国外務省は深夜に注意喚起を発し、中国公民に対して「当面は日本への渡航を控えるように」と呼びかけました。その後、多くの航空会社が無料でのキャンセル・変更を認め、大きな波紋が広がりました。報道によれば、ここ数日で数十万枚の日本行き航空券がキャンセルされ、「中国人観光客が日本から消えるのではないか」という懸念が一時高まりました。
表面上は、嵐のような衝撃に見えます。中国国営メディアや香港紙が引用した民航アナリストによれば、渡航警告が出された数日間で、中国発日本行きの航空券約49万1千枚がキャンセルされ、その7割は往復券で、日本路線全体の予約の約3分の1に相当するとされています。
資本市場の反応は、街頭よりもはるかに敏感です。中国が渡航注意を発表した週明けの月曜日、東京市場では観光・小売関連の銘柄が軒並み下落しました。中国人観光客に大きく依存する百貨店大手は一時10%以上急落し、東京ディズニーリゾートを運営する企業も6%近く下落。全日空や日本航空といった航空株も連れ安となりました。分析機関は、中国人観光客が長期的に“不在”となれば、日本は年間約2.2兆円の観光消費を失い、GDPは0.36%押し下げられる可能性があると推計しています。
数字だけを見ると、日本の街並みを変えてしまうほどの地震のように思えます。しかし、株価チャートから目を離し、あらためて現実の街に視線を戻すと、その風景はまったく異なって見えます。
北京が注意喚起を出した翌日、東京ではある高齢の中国人弁護士が市内の様子を撮影した動画を公開しました。車の車窓から映し出されたのは、立体交差が整然と並ぶ道路、計画的に配置された駐車場、そして清潔な街並み。まるで都市の教科書を開いたような整然さで、多くのネットユーザーがコメントを寄せました。「これこそ本当の美しさだ」「整然としていて気持ちいい」「日本を罵っている人の大半はパスポートすら持っていない」などの声が相次ぎました。さらに「昨年東京と大阪を旅行したが、安全で清潔。道を尋ねれば日本人はとても親切で、通じない場合は目的地まで連れて行ってくれることさえある」という体験談も寄せられています。
こうした声は、この数年間に日本を訪れた多くの中国人が共有する実感であり、中国当局の語るイメージとは大きく異なります。一方、日本側もすぐに数字で回答しました。警察庁の統計によると、今年1月から10月までに日本国内で中国人が関わった重大刑事事件は28件で、前年同期の35件を下回っています。外務省も、中国側が示唆するような「中国人にとって危険」という状況は事実とは異なると強調しました。
街中でも、商店主たちは外界の不安ほど動揺していないようです。浅草で長年店を構える店主は、「中国のお客さんは以前よりやや減ったが、全体の売上は大きく落ちていない。地元の客が以前より多く来ているためだ」と話します。銀座でSNSをきっかけに人気となった飲食店では、依然として長蛇の列ができています。店長によれば、「平日は並んでいるお客さんの半分ほどが中国人だが、最近急に減ったという感じはない。もし今後減れば残念だが、現時点で特に目立った変化はない」とのことです。
市場の温度が最も正確に表れる場所、それは空港です。
上海浦東国際空港では、東京・大阪・福岡行きの便が通常通り搭乗手続きを行っています。地上スタッフによれば、日本路線の需要は長期的に高く、「以前は満席、今は“ほぼ満席”」。キャンセルする客がいても、空席はすぐに別の客が埋めてしまい、「便の収益に大きな変動はない」といいます。
SNSに投稿された機内の写真でも、席はほとんど埋まっています。ある利用者は「日本に行くのを我慢しないのは自分だけかと思ったら、飛行機に乗ったらみんな来ていた」と冗談めかして投稿しました。
もちろん、やむを得ず旅行を断念する人もいます。国有企業に勤める一部の社員は、職場から「大局に配慮して当面日本へ行かないように」と口頭で求められたと明かしています。ある技術者は、休暇も旅行計画もすべて整えていたものの、職場の指示に従い、泣く泣く旅程をキャンセルし、ビザ費用だけを残したと言います。
さまざまな反応が入り混じり、この一連の動きは複雑で矛盾した様相を呈しています。一方では政治的緊張が数字を大きく揺さぶり、他方では空港は混雑し続け、店の前には行列ができ、街はいつも通り動いています。多くの一般旅行者にとって、旅行の準備や費用、貴重な休暇といった現実的な要素は、一度の外交声明よりもはるかに重い意味を持ちます。
この騒動は、上空では外交と軍事の力比べとして映り、地上では人々それぞれの選択へと姿を変えています。計画を止める人もいれば、旅を続ける人もいる。リスクを気にする人もいれば、「政治は政治、生活は生活」と割り切る人もいます。
そして都市は、いつものリズムで動き続けています。
浅草の商店街、銀座のレストラン、混み合う空港の搭乗口——こうした具体的で日常的な光景こそが、政治の風向き以上に、この世界がどのように動いているのかを雄弁に語っています。
(翻訳・吉原木子)
