広州最大のアパレル生産拠点として知られる康楽・鷺江地区は、かつて大小さまざまな工場や縫製工房が数万軒も立ち並び、30万~40万人もの労働者でにぎわっていました。しかし、経済の減速と消費の冷え込みが進む中、かつての繁栄を誇ったアパレル産業は、今、深刻な不況に直面し、市場全体が急速にしぼんでいます。

 ネット上に投稿された動画では、広州最大の服飾卸売市場が本来なら繁忙期である10月にもかかわらず、人影がまばらで、シャッターを閉めたままの店舗が目立っています。康楽・鷺江地区の大通りには「工場譲渡」の張り紙があちこちに貼られています。しかし、「求人募集」の文字はほとんど見かけません。

 業界関係者は、「消費活動が活発になる9月10月の意味である『金九銀十』という言葉は今や形だけ。繁忙期でも人がいない」と嘆きます。かつて何十万人もの職人が働いていた生産拠点は、今では深刻な閑散期に入っています。「仕事がなくても家賃を払わなければならない。毎日まんじゅうだけで食いつないでいる。広州ではもう生活できない」と、現地の労働者たちは口をそろえます。ある縫製工場の経営者は「縫製業は今、産業構造の狭間に取り残された伝統産業です」と語ります。家賃は毎年のように上昇し、利益は薄くなる一方です。閑散期には数十万円から数百万円の赤字を抱え、繁忙期には人件費の高騰がのしかかる。もし顧客が代金を支払わずに逃げた場合、損失はすべて工場が背負うしかありません。さらに彼はこうも語ります。「いま広州に来ても意味がない。卸売市場に客がいない。服を作っても買う人がいないのです。」現在、多くの人がすでに数年分の服を持っており、新しい衣服を必要としていません。かつて30万人以上が働いていた生産拠点も、いまでは多くの工場が半ば休眠状態にあります。賃金も大きく下落しました。以前はシャツ1枚で約130円(6~7元)の報酬がありましたが、現在は約85円(4元)ほど。襟の縫い付け作業も、かつては1枚約20円(1元)だったのが、今では約17円(0.8元)にまで下がっています。人材確保も難航しています。低賃金で雇われている工員達は疲弊し、互いに責任を押し付け合う悪循環が続いています。

 康楽地区でスウェットやTシャツの工場を経営するある社長も、「倒産した工場は数え切れないほどある」と打ち明けます。「以前は商品が足りずに困っていたのに、今は在庫が多すぎて困っている。工員の給料は月払い、顧客は代金を1か月後に後払い。だから銀行から借金して給料を払うしかない。仕事はあっても単価が安すぎて、家賃すらまかなえない。中東向けの取引は価格が極端に低く、高値で売れる案件はほとんど取れない。今は業界全体がそんな状態だ。」と話します。

 広州生産拠点の盛衰は、今の中国経済そのものの縮図といえます。かつて康楽や橋南新街は「出稼ぎ天国」と呼ばれ、1日15~16時間働けば日払いでしっかり稼げる場所でした。熟練の職人なら日給1万1千円(500元)以上も珍しくありませんでした。今では、朝は1万円(500元)の仕事を探していた人が、午後には8500円、6500元でもいいと言い、ついには4000円でも働くようになっています。求人は少なく、ひとつの募集に10人以上が殺到する状況です。

 ある業界関係者によると、広州最大の臨時労働市場では毎日1万人以上が仕事を探す一方で、雇う側はわずか50~60人ほど。仮に経営者一人あたりで15人ずつ雇っても、全体で仕事を得られるのは300人程度。残り97%の人々は職を得られないのが現実だといいます。

 業界の分析によれば、ライブ配信による販売の高い返品率や、暖冬による季節商品の売れ行き不振が業績悪化の要因とされています。さらに品質管理の低下も深刻で、多くの工場が検品を省き、納期優先で出荷するため、顧客の信頼を失い再注文につながらなくなっています。「唯一の強みはスピードだけ。ほかに優位性は何もない」と関係者は肩を落とします。

 社会評論家の喬鋒氏は、「仕事が見つからないのは今や一般的な現象だ。企業は受注が減り、人員削減や倒産が相次いでいる」と指摘します。「景気の悪化は経済の停滞と外資の撤退が進んでいることが背景にある。いまはどの業界も苦しく、外食産業ですら次々と閉店している。私の身の回りでも多くの店や工場が倒産し、従業員が故郷に戻っている。」と語ります。

 喬鋒氏はさらに警鐘を鳴らします。「米中貿易摩擦の緩和は一時的なものだ。長期的な解決策にはならない。国内の内需はすでに衰退しており、唯一残されたのは輸出だけだ。その外国貿易までも行き詰まれば、本当に行き場を失うことになる。」

(翻訳・吉原木子)