多くの若者にとって、かつて上海は「夢を叶える街」でした。上海にさえ足を踏み入れれば、スーツを着てホワイトカラーになり、努力次第で未来を築けると信じていたのです。
しかし、かつて「最も国際的な都市」と称えられたこの街から、いま若者の声が消えつつあります。高い家賃や減少する雇用、そして高齢化による社会負担の増大など、華やかな都市の裏では現実がますます厳しくなっています。彼らが背を向ける理由は、単に生活費の問題ではありません。未来への希望そのものが、上海では見えなくなっているのです。
失われたのは仕事だけではない
2024年末まで、上海の地方から来た常住人口は2020年の1048万人から983万人へと減少し、わずか4年で65万人減少しました。これは中規模都市が一つ消滅した規模に相当します。つまり、上海という都市から「若い血」が流れ出しているのです。
かつて数々の「富の神話」を生んだインターネット業界も、いまはかつての輝きを失いました。求人のハードルは異常なほど高くなり、多くの募集条件には「名門大学院卒以外は歓迎しない」と明記されています。リストラは日常化し、事業ラインの3割を一気に削減するようなケースも珍しくありません。
かつて急成長を遂げたEC大手・ピンドゥオドゥオ(拼多多)の売上成長率は、昨年の約9割から今年はわずか1割へと急落しました。ミハヨ(米哈遊)やハイパーグリフ(鷹角)といった新興ゲーム企業も、経費削減と人員削減で冬を乗り切ろうとしています。
安定した高収入で知られる金融業界にも冷たい風が吹いています。リストラや減給が当たり前となり、銀行員の年末ボーナスは数十万円から数万円にまで落ち込みました。証券業界では従業員数が2.49%減少し、保険業界では過去5年間で従業者が44%も減ったとされています。
新エネルギー車(EV)産業も冷え込み始め、求人数は数年前と比べてほぼ半減しました。かつてテスラの上海工場は若者の憧れの職場で、組み立てライン作業員の月給は約15万円(7000〜8000元)に加え、残業代でさらに数万円を稼げました。しかし、今年のテスラによる人員削減や、NIO(蔚来)の赤字拡大によって、業界全体の先行きには暗雲が立ちこめています。
仕事が減れば、若者は離れていきます。若者が去れば、街の消費も冷え込みます。南京路歩行者天国を歩くと、買い物客の少なさが目に見えてわかります。多くの店舗が値引きセールを行い、中には閉店してしまう店も増えています。
上海では生きていけない
上海の張江ハイテクパークで働く一般社員の手取り月収は約14万円(6500元)です。ところが、周辺でシェアハウスの一室を借りるだけで家賃は約10万円(4800元)。残るのはわずか約4万円(1700元)で、1か月の衣食住を賄わなければならず、これは「生活」とは呼べず、まさに「生存の限界に挑む」ような暮らしです。
杭州市への移住を計画しているある女性は、実際に綿密な試算を行いました。杭州市に行けば給料は多少下がるものの、家賃も安くなり、年間で約40万円(2万元)多く貯金できるといいます。彼女が感じた最も直接的な変化は、「外食アプリで安心して目玉焼きを一つ追加できるようになった」ことでした。
かつて若者たちは、上海の高い生活コストを受け入れていたのは、この街に「高収入」と「無限のチャンス」があったからです。しかし今、その報酬も機会も急速に失われています。
名門大学を卒業した修士の若者は、自信を持って87社に製品関連職の履歴書を送ったが、採用されたのはわずか1社、それも月給約20万円(1万元余り)の営業職でした。
いまや「学歴」という切符は、かつてないほどの価値下落に見舞われています。極端な例として、あるカフェの求人広告では「名門大学院卒の修士でCPA(公認会計士)資格保有者」を店員の応募条件として掲げていたほどです。
さらに厳しいのは年齢差別です。ある企業の人事担当者は「28歳以上は基本的に採用しない」と、はっきり口にしています。
上海の戸籍を取得することも極めて困難で、申請者は社会保険加入、専門資格、安定した職業を持っていることに加え、「運の良さ」まで求められるといわれます。
上海は人が足りない
第14次五か年計画では、上海郊外にある5つの新都市に計500万人の人口を集める目標が掲げられています。2035年までに、さらに100万人以上を誘致しなければ計画を満たせません。
臨港新城区では、常住人口250万人を目標にしていますが、現在はわずか60万人。宝山区の大呉淞エリアも、東京ドーム約2300個分(110㎢)に100万人以上の人口を想定しているのに、実際はその3分の1にも届いていません。
人を呼び込もうと、郊外の各地区はあらゆる手を尽くしています。臨港新城区では大学生のインターンに月約4万円(2000元)の補助を出し、青浦区では最大約1億円(500万元)の住宅購入補助を設けています。松江区や嘉定区なども、戸籍取得の条件を次々と緩和しています。
それでもなお、郊外に定住したいと考える若者はほとんどいません。
その根本的な原因はどこにあるのでしょうか。答えは明確です――上海の「人口構造の歪み」にあります。
高齢化の重荷が社会の均衡を崩している
公式統計によると、2024年末まで上海の60歳以上の高齢者は577万人を超え、戸籍人口全体の37.6%を占めています。つまり、上海では3人に1人が60歳以上という計算になります。特に高齢化が進む虹口区では、高齢者の割合が45%を超え、ほぼ2人に1人が高齢者という状況です。
この社会構造の変化は、年金制度の圧力として直撃しています。2010年、上海の年金支出は約1兆7600億円(783億元)でしたが、2023年には約7兆8000億円(3464億元)に膨れ上がり、13年間で4.4倍に増加しました。
かつて上海は、社会保険の「資金を拠出する側」でした。しかしその拠出額は、2019年の約2000億円(102億元)から2023年には約640億円(32億元)に減少し、2025年にはついに「拠出側」から「受給側」に転じると予測されています。
つまり、いま若者たちが納めている年金は、すでに拡大し続ける穴を埋めるために使われているのです。彼らは「自分の未来を前借りして支払っている」と実感しています。数十年後、この世代が老いたとき、いったい誰が彼らを支えるのでしょうか。
こうした都市の長期的な行き詰まりへの懸念から、若者たちは離れるという行動で意思を示しています。彼らは自らの「個人資産負債表」を精査し、収支そして将来のリスクとリターンを綿密に計算しています。上海に留まることが「負債を抱える投資」となるなら、離れることは「損切り」という合理的な選択になるのです。
その傾向はデータにも表れています。ある調査によれば、上海を離れた若者の73%が新しい都市での生活に「非常に満足している」と答えています。さらに注目すべきは、上海を離れた若者の58%が3年以内に自宅を購入しているのに対し、上海に残った同世代ではその割合がわずか23%にとどまっていることです。
この数字こそが、「若者の上海離れ」という現象を最も雄弁に物語っています。
(翻訳・藍彧)
