中国共産党の機関紙「人民日報」が、習近平国家主席とアメリカのトランプ大統領の10月30日の会談を報じた記事の、重大な誤りが発覚しました。習主席の名前を「習近乎」と誤表記したのです。この失態は瞬く間に中国国内外で注目を集め、SNS上でも広く拡散され、大きな話題となりました。

 人民日報は10月30日、「国家主席習近乎が釜山でアメリカのトランプ大統領と会談した」と報道しました。記事の責任編集者として「馬宇杭」という名が記されていました。

 一見すれば単なるタイプミスのようにも見えます。しかし、報道の対象が中国の最高指導者であることを踏まえると、その影響は極めて重大です。中国の公式メディアは、取材から掲載に至るまで複数もの審査体制を経ることで知られています。特に習近平主席に関する記事では、政治的審査を含む厳格な確認手続きが義務づけられており、複数の編集責任者によるチェックを経て初めて公開される仕組みです。そのような厳密な体制のもとで指導者の名前を誤表記するという初歩的なミスが発生したことは、制度が形ばかりであったことや、職務への緊張感が失われていることを浮き彫りにしたと受け止められています。

 ネット上では、この「馬宇杭」という編集者が人民日報の2025年度採用予定者リストに名を連ねていることが確認されました。公開資料によれば、人民日報は今年53名の職員を採用予定でした。馬氏は19番目に掲載されており、外交学院出身の学士卒です。しかし、上位20名の中で修士や博士号を持たないのは彼一人でした。このため、コネ採用や能力不足への批判が高まっています。

 かつて北京で活躍した独立系ジャーナリストの高瑜氏は、「組版、記者、編集者、総編集室、編集部のデジタルメディアセンター、すべてが責任を負うべきだ」と指摘しました。一方でネット上では、「五筆入力を使うタイピストが緊張してキーを一段上に押し間違えたのではないか」といった技術的な推測も出ています。あるユーザーは「このミスにより、少なくとも、人民日報の記事はAIではなく本当に人間が打っていると証明された」と皮肉を交えてコメントしました。

 さらに多くのネットユーザーがこの誤字をネタに痛烈なジョークを飛ばしました。「皇帝の名前を間違えるなんて大罪だ、親族の九族が処刑されるぞ」「普段からこっそり指導者を悪く言っているから、コンピューターの自動入力が覚えてしまったんだろう」といったコメントが相次ぎました。

 中には、「馬宇杭はもう終わりだ」「習近平には新しいあだ名ができた」「名前を忘れた習近乎」「全国民が新しいあだ名を知った。これで検閲ワードがまた増える」など、皮肉交じりの書き込みが次々と投稿されています。

 実は、習主席の名前を誤表記したのは今回が初めてではありません。2013年6月、福建省厦門市の新聞「海西晨報」は、習近平を「習進平」と誤って表記し、編集者2名が停職処分を受けました。2011年には広西自治区の官報「南寧晩報」も同様に「習進平」と誤表記し、発行済みの13万部をすべて回収・再発行しています。さらに2010年には、中国中央テレビ(CCTV)の傘下メディアである中国網絡電視台(CNTV)が報道記事で習近平を「刁近平」と誤表記し、大きな騒動となりました。

 度重なる誤りに対し、ネット上では「本当にただのタイプミスなのか」との疑問も広がっています。厳格な検閲制度を誇る体制下で、最高指導者の名前すら守れない――この滑稽な現象こそが、今日の中国官製メディアの実態を象徴していると言えるでしょう。形式だけの「多重チェック」と、誰も責任を取らない風土。「習近乎」というたった三文字の誤表記は、官製メディアの緊張感の欠如と制度不全に陥っていることを、何よりも雄弁に物語っているのです。

(翻訳・吉原木子)