2025年9月11日未明、北京市朝陽区の高級マンションで転落事故が発生し、中国の著名俳優・于朦朧さんが亡くなりました。享年37歳。この突然の訃報は芸能界やファンに大きな衝撃を与え、注目の的となり、議論を呼びました。于さんはこれまで、数々の人気ドラマや映画で清らかで上品、温和で謙虚な役柄を演じてきました。また、2000万人以上のSNSフォロワーを抱える俳優でした。新疆イリ出身で、上海戯劇学院の2008年度表演科を卒業。浮き沈みのある芸能生活を送りながらも、常に控えめで誠実な姿勢を貫き、業界や観客から愛されてきました。
事件直後、当局は「酒に酔った末の事故死」と発表しました。しかし、ネット上ではすぐに、憶測や疑問が広まり、この悲劇は瞬く間に世論を巻き込む騒動へと発展しました。議論は警察と事務所の「公式見解」と、民間で飛び交う憶測や疑問という二つの層に分かれ、芸能界の仕組みや情報公開の在り方に対する不安を浮き彫りにしました。事件から約3週間が経った9月30日時点で、中国国内の議論は厳しく制限されていましたが、海外のSNSやメディアの関心は拡大を続けています。国際署名サイトにはすでに12万人以上が署名し、真相解明を求める声が多数上がっています。
最初の情報は、9月11日午前、ウェイボーの個人アカウント「名探偵小宴」さんが投稿しました。「于さんは10日夜に友人宅で、5〜6人と飲酒し、午前2時ごろ一人で自分の寝室に向かい鍵をかけて休んだ。その後、午前6時に友人らが解散しようとした時に姿が見えず、建物の北側で遺体が発見されたと伝えられた。早朝に犬を散歩していた住民が最初に目撃し通報。警察は初期調査で事件性を否定した。」この投稿は注目を集めましたが、まもなく削除され、アカウントも凍結されました。同日18時44分、于さんのマネジメントチームは公式ウェイボーを通じて訃報を発表しました。「2025年9月11日、于朦朧は転落により亡くなりました。警察の調査で事件性は否定されました。故人の安らぎを祈り、残された人々が強く生きることを願います」と記されていました。
しかし、この短い声明は逆に疑念を呼びました。ファンやネット視聴者からは「なぜ調査がこれほど早いのか」「遺体は検視を受けたのか」といった疑問が相次ぎました。9月12日には北京市公安局朝陽分局が正式に捜査を開始し、9月21日夜に「酒を飲んだ後の事故死で刑事事件ではない」と最終報告を発表しました。遺族が結論に異議を唱えていないことを強調するとともに、「虐待による死亡」や「家族が監禁されている」といった根拠のない虚偽情報を流した3人を拘束したと明らかにしました。また、ウェイボーは、9月13日に数千件の投稿削除と違反アカウントの凍結を公表しました。
しかし、詳細な発表やデマ対策が行なわれたにもかかわらず噂は収まりませんでした。「芸能界の権力者に逆らった報復」とする説や残虐な描写までもが飛び交い、「高層から吊るされ拷問を受けた後に投げ落とされた」といったフィクションに近い話まで拡散しました。「監視カメラの映像が意図的に破壊された」「窓辺で逆さに吊るされた人物が助けを求める映像」など真偽不明の動画も海外アカウントから流され、広く拡散されました。
疑問は現場の状況や死因の不合理性にも及びました。「于さんは背が高く高所恐怖症だったはずなのに、なぜ高所からの自殺を選んだのか」といった声や、彼がかつて友人2人の自殺を思いとどまらせたことがあるとの報道もあり、自ら命を絶った可能性は低いとする見方もありました。また「寝室の防護網の枠が外れ、窓に爪痕が残っていた」との根拠が確認出来ない情報や、「友人たちがすぐ警察を呼ばなかったことや、友人たちが先に警備員を通じて連絡し、警察が到着する前に、本来なら、手を触れてはいけないはずの遺体の顔を衣服で覆っており、何か隠しているのではないか」といった噂も広がり、疑念を強めました。
一部の業界人も、うわさに巻き込まれ、否定声明を出す事態になりました。映画プロデューサーの方励氏は「于さんとは面識がない」と即座に表明し警察に通報しました。俳優の范世錡氏は「無関係の人間への中傷はやめるべきだ」と訴え、女優の宋伊人氏も弁護士を通じ「事実無根」と声明を出しました。一方で、その夜一緒にいた友人たちが沈黙を続けていることも注目を集めています。
議論は、于さんが所属していた天娯伝媒にも波及しました。同社では過去にも2006年の談北西氏交通事故、2011年の尚于博氏転落死、2015年の辺策氏転落死、2016年の喬任梁氏自殺、同年の本兮氏転落死、2017年の任嬌氏転落死、2020年の蔡重氏自殺など複数の悲劇が起きています。これらの事件は短期間に集中していることから「死亡ファイル」と呼ばれるほどで、厳しい契約や業界の過度な圧力を指摘する声もあります。しかし、会社側は「警察の結論に従う」と述べるにとどまっています。中国国内では微博や抖音で関連ワードが遮断されました。海外メディアはストレートに報じ、BBCは「関連ワードはすべて封鎖された」と伝えました。ウィキペディアには「于朦朧転落事件」の項目が新設され、経緯や世論が記載されています。海外SNSでは「監視映像と検視報告の公開を求める」署名が続き、弁護士の中には「遺族は法的手段を検討すべきだ」と助言する声もあります。
今回の事件は、一人の俳優の突然の死であると同時に、社会全体の情報公開の仕組み、芸能界の過重な圧力、そして公共の信頼を問う問題でもあります。真相は当局の発表に頼らざるを得ない部分があります。しかし、世論の疑念が交錯する中、この事件は「正義と真実」を問いかける象徴的な出来事となっています。故人の安らぎを祈るとともに、その真実が時の検証に耐え、明らかになることを願います。
(翻訳・吉原木子)
