中共の9月3日の軍事パレードでは、数万人の兵士が天安門広場を行進し、威厳を誇示しました。しかし、現役兵士達による華やかな式典の影では、まったく対照的な光景が世論の注目を集めています。軍事パレード終了後、山西省呂梁市の大勢の退役軍人たちが、集団で北京に陳情に向かったものの、北京西駅で地元から派遣された私服警察に阻止される様子がネット上に拡散されました。
現場の動画によると、9月7日の夜、退役軍人たちは列車を降りた直後に駅のロビーで警察や公安に取り囲まれました。映像の中で一人の男性は、「2025年9月7日夜、私たちは山西呂梁の退役軍人です。今日北京に陳情しに来ました。しかし、列車内の鉄道警察や呂梁の公安に阻止され、西駅から出られません。全国の戦友たち、ぜひ見てください!」と訴えました。別の映像では、駅構内で十数人の退役軍人が床に布を敷き、座ったり横になったりして休んでいる姿が映っています。糖尿病を長年患う人、心臓ステント手術を受けた人人、脳梗塞や脳血栓の後遺症を持つ人など、体調の優れない高齢の退役軍人が多く見られます。駅の外の出入口はすでに中国共産党警察「截訪」と呼ばれる人々で固められ、椅子にも数人の截訪が座って待機しており、退役軍人たちは一歩も動けませんでした。
この光景にネットユーザーたちは強い怒りと悲哀を表しました。「捨てられた鉄砲玉の群れだ」「過去、軍事パレードで行進をしていたときには思いもしなかっただろう」「命を懸けて戦ったのは一体誰のためだったのか」「かつては手先だったのに、今は自分の頭上に鉄拳が振り下ろされている」といった辛辣なコメントが寄せられました。また、「陳情は国民に与えられた権利ではなかったのか。なぜ阻止するのか。役人たちは何を恐れているのか」といった疑問や、「利用価値がなくなれば容赦なく切り捨てる。過去、国家ではなく、党を守る為の党衛軍であったドイツナチ党の悲哀も退役軍人と同様にすでに運命づけられていた。」といった批判も相次ぎました。
実際、このような悲劇は以前から繰り返されています。2019年12月31日、山西省委員会信訪局(陳情や苦情を受け付ける部門)の正門で衝撃的な事件が発生しました。62歳の退役軍人、于海平氏(山西省柳林県出身)の遺体が門に吊るされていたのです。彼の自宅は鉱山開発の影響により損壊しましたが、合法的な補償を得られず、長年にわたり訴え続けていました。また、彼の息子も父親が退役後、「陳情者」であったため、職務を妨げられました。6年間、于海平氏は何度も北京に上京して訴えました。しかし、案件は常に地元に差し戻され、各級官僚は互いに責任を押し付け合い、問題は解決されませんでした。結果、彼の命は絶望の果てに絶たれました。
広東省の退役軍人・陳風強氏は、于海平氏は絶望の末に自殺したのだろうと語りました。しかし「反腐維権連盟」のメンバーである馬波氏は異なる見解を示しました。「殴殺されたか、毒殺された可能性がある。それを当局が処理できないので自殺に偽装したのだろう」と指摘しました。彼は「真相は中国では多くの場合、闇に葬られる。金で遺族の口を塞ぎ、追及をやめさせる。結果、すべてがなかったことにされる」と語りました。
同様の体験は多くの退役軍人に共通しています。ある匿名を希望する退役軍人は、『寒冬』の取材に対し、自らの苦難を語りました。彼はかつてベトナム戦争に従軍し、「重要な戦役にはすべて参加した」と誇らしげに回想しました。しかし数十年後、その栄誉には何の保障ももたらされませんでした。退役後、職の斡旋もなく、生活手当もなく、現在は地べたで商売をして生計を立てるしかありません。「復員してから20年以上、一度も人事異動の通知もなく、慰問もなく、1元も受け取ったことがない」と語りました。
彼は権利を求め、市の信訪局(陳情や苦情を受け付ける部門)に20回、省政府と省信訪庁に12回、県政府・民政局・信訪局に100回以上も足を運びました。しかし、返ってきたのは、絶え間ない弾圧でした。陳情の途中で警察に追いかけられ、日常的に監視されることは当たり前でした。さらに、地元の武装部の高官が彼に対し、「私の飯碗を壊したら殺すぞ」と脅迫したといいます。退役軍人は「政府は必要なときには銅鑼を打って戦場に送り出し、勝利するとまた銅鑼を打って迎える。しかし、不要となれば、使い捨てにし、あらゆる弾圧をする。待遇など全くない。監視され、支配され、脅される」と吐露しました。
こうした一連の出来事は、強烈なコントラストを浮かび上がらせます。一方では、軍事パレードで整然と行進し、国家の栄光を担う現役兵士たち。もう一方では、社会の片隅に追いやられ、訴える権利すら奪われた退役軍人たち。前者は「国家の背骨」と称賛され、後者は「捨て駒」とされ、最後には命すら顧みられません。その姿は「栄誉」の空虚さを映し出すとともに、制度の冷酷さと人間の悲哀を深く物語っています。
(翻訳・吉原木子)
