中国当局はこのほど、9月1日から全国で社会保険料の納付を義務化すると発表しました。また、最高人民法院(最高裁)による司法解釈を通じて、「従業員が自発的に社会保険(以下、社保)加入を放棄する」あるいは「雇用主と従業員が協議して社会保険料を納めない」といった合意はすべて無効とする方針を明確にしました。

 この措置は社会各界から強い反発を招き、中小企業経営者や低所得層はもちろん、一般の労働者も「この政策が『最後のとどめ』となり、雇用機会減少や貧富の格差拡大を招く」と懸念しています。

政策の背景と法的強制力の強化

 新たな規定によれば、すべての企業と労働者は、年金・医療・失業・労災・出産保険に加え、住宅積立金を必ず納付しなければなりません。たとえ雇用者が加入を辞退する意思を示しても、私的な合意による回避は認められません。司法当局が直接ルールを明文化したことで、社会保険料を納めないことは単なる行政違反にとどまらず、法的責任を問われる可能性があることが明確になりました。

  専門家は、この「司法による強制」が社会保険基金の深刻な資金不足を反映していると指摘しています。中国の社会保険制度は「賦課方式(ふかほうしき)」を採用しており、つまり、今働いている人たちの保険料で、現在の高齢者や受給者に年金や給付金を支払う仕組みです。しかし、高齢化の進行と出生率の低下により、新たに保険料を負担する人数が急減し、膨大な年金支出を支えきれず、資金不足は急速に拡大しています。今回の政府による強制徴収は、この年金不足を埋める狙いがあるとみられます。

中小企業の生存危機

 今回の新政策は、中小企業にとって特に大きな打撃となっています。たとえば北京の場合、社会保険料の最低納付基準は7353元(約15万円)であり、従業員の月給が5000元(約10万円)しかなくても、企業側は約1950元(約4万円)の社会保険料を負担し、従業員個人も約780元(約1.6万円)を負担しなければなりません。

 北京で中華まんの店主は、「もともとの利益は日々の経営を維持するのがやっとだったが、5人の従業員の社保を払うだけで毎月約1万元(約21万円)の追加負担になる。これでは到底やっていけない」と吐露します。店を閉めざるを得ず、従業員も職を失うことになるといいます。

 経済学者の王剣氏は、中国の中小企業の利益率はおおむね5%程度であり、社保を納めるために10%多く支払わなければならないとすれば、新規定に沿って納付した場合、中小企業は少なくとも5%の赤字に陥ると分析します。つまり、大量の中小企業が経営難に陥り、廃業が避けられない状況になり、同時に多くの労働者が失業する恐れがあるということです。

 SNS「X(旧ツイッター)」上では、新政策の施行後、社会保険料の負担を避けるため、すでに退職した高齢者を雇用できるのではないかという声も出ています。一般的に、退職者が再就職した場合には社保の納付は不要と考えられているためです。

 しかし、現行の法律・規則によれば、たとえ法定退職年齢(60歳以上)を超えていても、雇用関係にある限り、その労働者には社会保険加入義務が発生します。つまり、雇用される以上は、必ず社保を納めなければならないのです。

貧者から富者への逆分配

 時事評論家の石山氏は、中国の社会保険制度の現状について、高所得の退職者の年金額が一般の勤労者を大きく上回っており、その財源の多くが若年労働者の保険料で賄われていると指摘しています。石山氏によれば、アメリカやヨーロッパの社会保障制度は富裕層からの課税によって貧困層を支える仕組みであるのに対し、中国はまったく逆で、零細企業や低所得労働者といった最も貧しい層に、高所得の退職者の年金負担を強いているとのことです。このような「貧者から富者への逆分配」は、負担を低所得層と零細企業に押し付け、結果として貧富の格差を拡大させています。

 重慶市では、法学部を卒業した女性の事例が注目を集めました。彼女の月給はわずか2500元(約5万円)ですが、地元の平均賃金である4400元(約9万円)を基準に1800元(約3.6万円)社会保険料を納める必要があり、手取りは700元(約1.4万円)しか残らず、「お金を払って働く」という状態だと揶揄されています。別の若者は、毎月の実質赤字が3000元(約6万円)に達し、親の支援に頼らざるを得ない状況です。

 さらに、1989年の民主化運動(天安門事件)の元学生リーダーである王丹氏も、中国の社会保険料率は賃金の35〜40%にも上る一方で、給付は低く制度格差も大きく、国民の信頼を欠いていると批判しました。強制徴収は信頼を築くどころか、むしろ国民の不満を一層高める結果になるとしています。

社保が必要なのは国であって国民ではない

 米国の中国新聞『人民報』は、本来、社会保険に加入するかどうかは労働者が自由に選択できるべきだが、新たな規定はその権利を奪ったと指摘しました。「実際のところ、誰もが知っている。あなたが社保を必要としているのではなく、社保があなたを必要としているのだ」と記事は疑問を呈しています。もし将来、社会保険制度が崩壊したり政権が交代したりすれば、現在納めている保険料は無駄になる可能性が高いと指摘しています。

 政策により、雇用主はすべての従業員に対して社会保険料を納めなければならず、違反すれば処罰を受ける可能性があるため、多くの小規模事業者はリスクを避けるために廃業を選択しています。この連鎖反応は、失業率の上昇や社会不安など、より深刻な事態を招く恐れがあります。

失業の波と民意の蓄積

 中国経済の「三つのエンジン」が機能不全に陥っています。すなわち、貧富格差の拡大による消費低迷、インフラ投資は債務の膨張によって制約され、輸出は国際的な関税障壁により阻害されています。こうした状況の中、かつて新興5か国(BRICS)は中国に経済の「エンジン」役を期待していたが、いまやその幻想は崩れつつあります。

 分析家は、中国経済が低迷する中で失業率の上昇はすでに極めて敏感な問題となっており、新たな社保政策がさらなる企業倒産と雇用喪失を招けば、国民の生活苦はそのまま政府への不満へと直結すると指摘します。

 評論家は、経済的圧力と社会矛盾が重なれば、大規模な集団事件が発生する可能性があり、政府は強権的な手段で安定を維持せざるを得なくなるだろうと警告しています。

 中国当局が法律を用いて導入した強制的な新社会保険政策は、中国経済と社会における多重的危機の触媒となりつつあります。論評が指摘したように、これは単なる社会保険制度の改革ではなく、社会の公平性と統治能力の試金石です。

 もし中国当局が分配制度の改革や民生の改善を行わず、「資金を強奪する」ような政策で制度の穴埋めを続ければ、最終的には「鶏を殺して卵を取る」という結果となり、社会保険制度を維持できないだけでなく、より大きな社会的・政治的リスクを招く可能性があります。

(翻訳・藍彧)