7月下旬、北京および華北地域では、近年まれに見る集中豪雨に見舞われました。暴雨に加えて、多くのダムが事前の警告なしに、一斉放流を行ったことで、住宅の浸水や交通の混乱、電力・通信の寸断が相次ぎ、さらには紫禁城(現・故宮)までもが、冠水するという異常事態となりました。中国共産党の公式発表では、北京市全体の死者数は30人とされていますが、SNSに投稿された動画や住民の証言からは、実際の被害はその数値を、大きく上回っている可能性がある、と指摘されています。

 とりわけ深刻な被害が発生したのは北京市懐柔区です。琉璃廟鎮の孫胡溝村では、女性住民が動画内で「村にはまだ330人が取り残されています」と涙ながらに訴えており、4人が洪水で流され、そのうち3人は今なお行方不明のままだといいます。7月27日には激しい降雨により山間部で鉄砲水や土砂崩れが相次ぎ、国道G111号線の複数区間が完全に崩壊。柏査子村や双文舗村など5つの村が孤立し、電力と通信は完全に遮断されました。しかし、こうした深刻な状況は国営メディアでは一切報じられていません。

 国家の象徴でもある北京・故宮も例外ではありません。7月29日、市民がSNSに投稿した映像には、故宮前の広場が膝下まで冠水し、観光客たちがレインコート姿で水の中を歩く様子が映っていました。時事評論家の蔡慎坤氏はSNS「X」上で、「龍王廟までもが水に沈み、天安門と故宮が浸水した。三峡ダムの完成以来、中国北部では洪水が毎年のように発生している」と警鐘を鳴らしました。

 この事態を受けて、故宮博物院と国家博物館はともに7月29日の臨時休館を発表。ネット上では、「紫禁城は“水が溜まらない”とされていたのでは?」「これは天罰ではないか」「洪水でも“玉座”さえ無事なら問題ないのか」といった皮肉や怒りの声が広がりました。

 北京市外でも深刻な災害が発生しています。河北省承徳市興隆県の北坎子村近郊にある「北京山谷青普・銀河キャンプ場」では、7月27日夜に行われていたインフルエンサー向けのイベントが、翌未明の山洪により「地獄絵図」と化しました。参加者であるSNSユーザー「瑩瑩舞青春」さんによると、夜明け前の午前3時頃、スタッフから「避難してください」との指示が出たものの、テントを出る頃にはすでに膝まで水が達しており、前方のテントに移動する頃には、太腿の高さにまで達していたといいます。

 ブルドーザーはすでに撤退しており、「その場で待機するように」と言われた彼女たちは、浸水が進むテントの中で倒れる冷蔵庫や浮かぶ家具に怯えながら、最終的には9人で近くの木にしがみつく決断をしました。その中には4歳の子どももおり、父親は体力を使い果たして途中で動けなくなり、子どもを女性たちの中心に置いて、周囲を男性たちが囲んで守るという形で6時間以上耐え抜いたといいます。

 「水位は私の首元まで達していました。『もうだめだ』流されるかもしれないという声も上がりましたが、皆で『絶対にあきらめるな』と励まし合っていました。」と彼女は語ります。夜明けとともに水位がやや下がったところで、流れてきた木片に移動し、さらに2時間後に救助隊が到着してようやく救出されました。「幸運だったのは、低体温症以外に大きな怪我はなかったことです。ただ、他の女性たちは全身に傷を負っていました」と彼女は振り返っています。

 しかし、9人のうち3人は水に流され、現在も行方不明のままだといいます。メディアがキャンプ場に連絡を試みたものの、電話は繋がらず、興隆県の緊急管理局や六道河鎮政府、宣伝部、防災指揮部などに問い合わせても、「救助隊は派遣したが詳細は不明」との回答にとどまり、実際の被害状況は依然として明らかになっていません。中央気象台によると、興隆県では27日から28日にかけて最大293ミリの豪雨が観測され、広範囲で電力・通信が遮断されました。

 北京市懐柔区・密雲区から河北省興隆県に至るまで、今回の災害は、地方政府の災害対応能力の脆弱さや情報の不透明さ、防災インフラの未整備といった問題を改めて浮き彫りにしました。村々が孤立し、国の象徴が冠水し、多くの命が失われてもなお、人々が頼れる情報源はSNSの投稿のみ。多くの市民が「この国に本当の情報は存在するのか?」と疑問を抱いています。

 そして、これらの災害が単なる「天災」で済まされるのかどうか、今後の検証が求められています。

 この件について、ドイツ在住の著名な水利専門家・王維洛氏は「北京の水害の主因は暴雨そのものではなく、密雲ダムをはじめとするダムの無計画な放流にある」と指摘しています。王氏によれば、本来中国政府は洪水期においてダムの水位を厳格に管理する義務があるにもかかわらず、密雲ダムは“首都の水源確保”という政治的使命を担っているため、常に高水位を維持しており、豪雨時にはやむを得ず放流せざるを得ない状況にあるといいます。さらに、密雲ダム自体の建設品質にも問題があり、「潜在的に危険な“問題施設”である」と断言しています。

 また王氏は、2023年に中国全国人民代表大会常務委員会が1兆元の特別国債を発行し、災害復旧と防災インフラ整備に充てたとされる件についても疑問を呈しています。この資金はその年のGDPに計上され、経済成長率の“底上げ”に利用されましたが、実際にどこまで現場に使われたのかは疑わしいとし、河北省、北京、天津が最大の受益者であったにもかかわらず、今回の災害を見る限り、その効果は見受けられないと指摘しました。

 「この資金は本当に現場のために使われたのか?目に見える成果はどこにあるのか?いまこそ、国民が真実を問い直す時です」と、王氏は強く訴えました。

(翻訳・吉原木子)