近年、中国では経済成長の鈍化と消費の冷え込みが続くなか、外食産業はかつてない苦境に直面しています。そこに追い打ちをかけたのが、2025年5月に施行された中国当局の「禁酒令」です。この新たな規制では、公的機関や国有企業による接待において、酒類やたばこの提供が全面的に禁止されました。この政策は飲食業だけでなく、白酒(パイチュウ)業界、運転代行、会議・展示会、観光など幅広い業界に深刻な影響を及ぼしています。

 とりわけ大きな打撃を受けたのが、中高級路線のレストランや高級ホテルです。すでに景気後退の影響で売上が落ち込んでいた中、禁酒令の施行により、これまで主な収益源だった接待需要がほぼ消滅しました。

 河南省信陽市では、複数の大手ホテルが自らの厨房を活用して路上で家庭料理を販売するなど、苦境を乗り越えるための試みを始めています。SNS上には「どの店も似たようなメニューで、味の違いしかない」といった声も投稿されています。

 遼寧省で飲食店を経営する陳さんは、「この禁酒令はコロナ禍よりも深刻だ」と語ります。「ようやく夏になって少しは稼げると思った矢先に禁酒令が出て、公務員も民間人も誰も外食しなくなった。何も希望が見えません」と嘆きます。彼は120万元(約2,400万円)をかけて新店をオープンしたばかりでしたが、すでに閉店の瀬戸際に追い込まれています。

 この禁酒令は、白酒業界にも大きな影響を与えました。中国酒業協会が6月に発表した「2025年白酒市場中期報告」によれば、業界全体の売上と価格が共に下落。約6割の企業が利益減を報告し、半数以上の販売業者が赤字で販売しているといいます。

 内モンゴルで30年以上にわたり酒類販売を営む呉さんは、「取引先のホテルが次々と発注をキャンセルし、在庫が積み上がっている」と述べ、「特に白酒専門店は本当に厳しい状況だ」と話します。

 高級酒の代表格である「五粮液(ウーリャンイエ)」や「飛天茅台(フェイティエンマオタイ)」も例外ではありません。報道によれば、6月中旬の茅台酒(バラ売り)の卸売価格は1本1,930元(約3.8万円)まで下落し、年初から290〜355元の値下がりとなりました。ある卸業者は「50箱仕入れて1本あたり200元以上の損失。全体では5万元以上の赤字です」と語っています。

 こうした価格下落により、ブランド価値の低下も懸念されています。五粮液の販売代理店を営む劉さんは「五粮液が高級酒ブランドの地位を維持できなければ、業界全体が打撃を受けることになる」と警戒感を示しています。

 また、飲酒を前提とした会食の減少により、運転代行の需要も急減しています。SNSでは「1晩に3〜4件の依頼があったのに、今はゼロが続いている」と嘆く声もあり、転職を検討する運転手も出てきています。

 禁酒令はあくまで「公的接待」に限定されていますが、実際には中高所得層の消費活動が大きく影響を受けており、それが市場全体の冷え込みにつながっています。

 特に影響が顕著なのが、個室接待をメインにしていた中高級レストランです。山東省のある店では、10室のうち1日に2~3組しか客が入らない状態が続いています。合肥市のチェーン店でも、40以上の個室に対して1日の来客数は10組程度にとどまっています。

 安徽省合肥市で安徽料理専門の個室レストランを経営する張軍さん(仮名)は、3年前に200万元を投資して店を開業しました。以前は1日7,000〜10,000元の売上がありましたが、今年5月以降は800〜2,000元にまで落ち込み、売上が9割近く減少しました。「このままでは、あと2カ月で閉店を検討せざるを得ない」と話します。

 成都や広東省佛山市などでも、同様の苦境が広がっており、経営難から従業員の削減や給与カットが相次いでいます。浙江省の広東料理店ではホールスタッフ3人、調理師2人を解雇。張軍さんの店では6人の厨房スタッフを3人に減らし、ホールも3割削減、残った従業員も一律20%の減給となりました。

 深圳市の広東料理店では、禁酒令が施行された最初の2週間で個室予約が80%激減し、経営方針の見直しを迫られています。

 こうした中、全国各地の高級レストランやホテルが「屋台営業」への転換を図っています。安徽省や江蘇省、陝西省、四川省などの都市では、高級ホテルが自前の料理を屋外で販売し、売上の15〜20%を補填しています。合肥市のホテルマネージャーは「儲かるわけではないが、お客様に『まだここにある』という存在感を示すために出ている」と語ります。

 有名レストラン「花家怡園」の運営ディレクター・南金剛氏は、「今では“VIP客”ではなく、いかに広く客層を獲得できるかが重要になっている」と述べています。
『紅餐網』の統計によると、2024年には中国全土で約300万軒の飲食店が閉店し、過去最多を記録しました。2025年もその勢いは衰えず、禁酒令の影響が長期化すれば、さらなる閉店ラッシュは避けられないとの見方も出ています。かつて隆盛を誇った中国の外食業界が、この「冬の時代」をどう乗り越えるのか、注目が集まっています。

(翻訳・吉原木子)