2025年の台風1号(ウーティップ)は、6月11日に南シナ海南部で発生しました。平年の初台風は3月下旬ごろに現れるため、約70日も台風空白期間が続いた計算になります。発生が遅れた主因は、副熱帯高気圧が長期間にわたり、南シナ海上空を覆い、対流活動を抑えていたことにあります。この「大きなふた」がわずかに緩んだ瞬間、海面水温30℃前後の熱エネルギーを受けて、熱帯低気圧は急速に発達しました。11日夜の中心気圧は、1000ヘクトパスカル程度でしたが、わずか24時間後には985ヘクトパスカル、最大風速30メートルへと強まり、13日23時には海南省東方市八所鎮に、強い熱帯暴風雨の状態で上陸したのです。
上陸後、ウーティップは通常とは逆向きに大きく旋回し、14日12時30分には広東省湛江市雷州市西部沿岸に再上陸しました。南西進から北東進へ約90度折れ曲がった「L字型コース」は、1949年以降の統計でもほとんど類例がありません。中国中央気象台の予報官は、「30年に一度レベルの特異な初台風」とコメントしており、海南省気候センターの呉慧主任技師も「6月に海南西岸へ上陸した例は皆無です」と指摘しました。
海南島では上陸直後から猛烈な雨が降り続きました。三亜市天涯観測所では、14日6時までの24時間雨量が544ミリを記録し、さらに15日14時には累積665ミリに達して、6月中旬の観測史上最大値を更新しました。東方市や陵水黎族自治県でも300〜450ミリの大雨が観測され、海口市東寨港湿地では、48時間に110回以上の落雷が報告されています。八所鎮から南へ約20キロの大田村では、収穫を目前にしたバナナの木1万本超が泥水に倒れ、16ヘクタールの果樹園で70万元(約 1,400 万円)の損失が一夜にして発生しました。隣接するパパイヤや、パッションフルーツのハウスも骨組みごと吹き飛び、農家の方々は停電の暗闇の中で、懐中電灯を頼りに家畜と農機具を、避難させる作業に追われました。
海南省政府は「漁船・工事・観光・学業・市場の停止、および公共施設の閉鎖」措置を発令し、漁船3万3千隻を日没前に港へ戻し、沿岸の観光施設はすべて営業を停止しました。海口美蘭空港では、滑走路を一時閉鎖し、三亜鳳凰空港では定期便54便が欠航しました。島と本土を結ぶフェリー32便は、14日未明から終日ストップし、港には帰省客と貨物トラックが列をつくりました。
一方、広東省防総は11日の段階で防風Ⅳ級応急対応を発動し、湛江・茂名・陽江・雲浮・肇慶・清遠・韶関の7市に、暴雨オレンジ警報を発出しました。14日朝までに、省内の漁船4万9,600隻が港へ避難し、海南側で操業していた作業船46隻も、安全な港へ移動しました。雷州半島のG15瀋海高速や、G75蘭海高速を含む5路線、さらに粤西海湾大橋と雷州青年運河大橋が区間封鎖され、瓊州海峡北岸では、3,200人を超えるドライバーが、車中泊を余儀なくされました。
広東西部と珠江デルタ北部では豪雨帯が活発化し、茂名市信宜市大成鎮では12日夜から15日朝までに399.7ミリ、陽春市双滘鎮や湛江市坡頭区でも、300ミリを超える雨量が観測されました。雷州市内の突風は最大15級(秒速50メートル以上)に達し、樹齢100年以上のガジュマルが、根こそぎ倒れて路面をふさぎ、駐車中の車が押し潰されました。
広東省緊急管理庁によると、14日13時時点で省内の避難者数は91,530人に上り、湛江市だけで登録漁船7,433隻が封港命令に従って係留されました。海上警察はサーチライトを照らしながら係船ロープの緩みや燃料漏れを夜通し点検し、SNSには「稲光で部屋が真昼のように明るくなる」「高波が展望デッキにぶつかり床が揺れる」といった実況動画が相次いで投稿されました。
残留渦は桂東南から湘南へ湿った空気を運び、内陸部のリスクを高めました。広西チワン族自治区玉林市陸川県杉木坑では14日深夜に時間雨量82ミリを記録し、土砂崩れで3人が犠牲となりました。湖南省水利庁は同日18時、郴州・永州・株洲・衡陽の4市に、水文測報Ⅳ級対応を発令し、山間部の自動観測所の計測間隔を、10分ごとに短縮しました。
初台風の大きな被害は今年に限りません。2008年4月の台風1号は海南に上陸し、131万人が被災、農業損失は約20億元に達しました。2016年7月の台風第1号は福建を直撃し、死者69人、経済損失は99億9,000万元を記録しています。今回の台風1号は 最大風速が秒速30メートルにしか達しませんでしたが、発生が遅れたことに加え、高い海水温、変則的な進路、長時間の滞在という複数の条件が重なり、海南のバナナ農園から広東の漁港、広西の山地、湖南の渓流、ベトナムの水田まで、幅広い地域を試練にさらしました。
台風1号は15日夜に熱帯低気圧へと衰弱しましたが、中国気象局は17日まで江西南部や浙江南部で1時間に70ミリ前後の強い雨が降る恐れがあると警告を続けています。長江中下流域のダムでは洪水調節のため放流量を微調整し、高速道路G60滬昆線江西区間では、片側通行が継続しています。京広高速鉄道は湖南省内の4駅で、徐行運転を実施し、列車ダイヤの正常化にはしばらく時間がかかる見込みです。
2025年の台風シーズンはまだ序盤ですが、台風1号が突きつけた教訓は重いものです。防災体制がわずかでも遅れれば、風と雨は数時間で、海も山も都市の交差点も臨界点へ追い込みます。逆に、情報共有と避難・巡回・復旧を風雨より一歩早く行えば、被害を最小限に抑えられる可能性も示されました。南シナ海ではすでに次の渦が静かに育っているとされ、防災網は今回の経験を糧に、息をつく暇もなく張り続けています。
(翻訳・吉原木子)