2025年夏、中国のネット上で一本のショート動画が大きな波紋を呼びました。その内容は、「広西チワン族自治区の農家がスイカを1斤(500グラム)0.2元(約4円)で売れず、仕方なく魚のエサとして池に投げ込んでいる」という衝撃的なものでした。動画の撮影地は、スイカの名産地として知られる崇左市扶綏県山圩鎮で、例年であればこの地のスイカは全国各地へと出荷され、夏の風物詩として人気を博していました。
しかし今年、農家たちはかつてない苦境に立たされています。スイカの買い取り価格は暴落し、例年の平均である1斤あたり1元(約20円)を大きく下回る0.2元にまで落ち込みました。地元農家の黄さんは「まだ10万斤(約50トン)のスイカが畑に残っていて、収穫しても捨てるしかない。今年の栽培コストだけでも数万元(数十万円)にのぼり、確実に赤字になる」と嘆きます。
スイカ1畝(約666㎡)あたりの栽培コストは約1500元(約3万円)で、現在の市況ではコスト回収すら困難です。さらに人件費や輸送費を加味すると完全に赤字であり、黄さんは「ガソリン代すらまかなえない」と語っています。
一方で、消費地である広東省や北京市などでは、スイカの小売価格は依然として高止まりしています。SNS上では「北京では1.5元以下のスイカなど見たことがない」「広州市ではまだ5~6元で売られている」などの声が相次いでおり、山圩鎮で1斤0.2元の価格がつけられている現状とは大きな乖離が見られます。ネットユーザーの間では、「農家は売れず、消費者は高くて買えない。ではこの差額はどこに消えているのか?」といった疑問の声が噴出しています。
今回の問題はスイカだけに留まりません。2025年初頭から中国全土でさまざまな果物の価格が暴落しており、農家たちは連鎖的な経済打撃に苦しんでいます。イチゴやサクランボ、砂糖ミカン、さらには高級品種として名高いシャインマスカットまでもが値崩れを起こし、多くの農家が栽培放棄を余儀なくされています。
たとえば、シャインマスカットは「葡萄界のエルメス」と称され、一時は1斤300元(約6000円)で取引されていたにもかかわらず、現在では4~5元(約80~100円)と、かつての面影はありません。過度な栽培集中と市場の早出し競争が品質の低下を招き、消費者離れと価格暴落という悪循環を引き起こしています。
ではなぜ、産地価格がこれほど下がっているにもかかわらず、都市部の小売価格は高止まりしているのでしょうか。背景には、業界関係者らが指摘するいくつかの複合的な要因が存在しています。
まず、経済の低迷により中低所得層の購買力が落ち込んでおり、価格を下げたとしても全体的な需要が大きく回復する兆しは見えていません。消費者の財布の紐が固くなっている今、果物のような嗜好品に対する出費は後回しにされがちです。
また、スイカなど収穫サイクルが短く比較的容易に栽培できる作物には、多くの農家が集中する傾向があります。このため市場が供給過剰となり、結果として激しい価格競争が起こっています。さらに、人件費や輸送費、商品ロス、税金など、流通の過程で発生するコストが積み重なり、産地での価格がいくら安くても、小売段階では価格が大きく膨らんでしまう構造になっています。
加えて、食品安全への不信感も消費者心理に影を落としています。見た目を良くするために使われる農薬や膨張剤、熟成促進剤などの使用実態に対し、多くの消費者が警戒感を抱いており、「安い果物には裏があるのではないか」と疑念を持つことで購買意欲が削がれています。
さらに、海外からの輸入果物との競争も国内農家にとって大きな打撃となっています。東南アジアやアフリカなどからは、安価で品質の高い果物が大量に流入しており、それに押される形で国産果物の販売機会が奪われつつあります。
そしてもう一つ大きな要因が、ネット通販の台頭による価格体系の崩壊です。ライブコマースやECサイトでの直販は、一部では価格破壊ともいえる状況を生み出しており、従来の市場価格のバランスが崩れ、中小の果物商は大きな打撃を受けています。こうした要素が複雑に絡み合い、「作っても売れない」「安くても買われない」という市場のねじれを生み出しているのです。
「作れば作るほど損をする」と訴える農家の現状は、中国の農業構造が抱える根本的な問題を浮き彫りにしています。今回の「魚のエサになるスイカ」は、その象徴的な出来事と言えるでしょう。生産と消費、産地と都市、供給と価格が断絶した現在の中国農業において、情報の非対称性や構造的な不合理が放置されている限り、こうした悲劇は今後も繰り返される可能性があります。
持続可能なサプライチェーンの再構築、公正な価格形成の実現、そして農家と消費者の双方が納得できる市場システムの構築は、今まさに問われている課題です。「作れる」「売れる」「買える」という健全な循環をどう確立するか――それこそが中国農業が直面する次なる命題となっています。
(翻訳・吉原木子)
