6月5日午前、東京・全国町村会館で日台合同シンポジウム「臓器移植の倫理と法制度」が開催されました。日本と台湾の政界・医療界の専門家が一堂に会し、海外で横行する違法な臓器移植、なかでも中国で指摘される強制的な臓器摘出の即時中止を求めるとともに、国内外での法整備や制度づくり、国際協力のあり方について活発な意見交換を行いました。

日台政界が共同メッセージ――中国の臓器提供源に懸念集中

 会議には、日本側から石橋林太郎、升田世喜男の両衆議院議員、片山皋月参議院議員、神奈川県逗子市の丸山治章市議会議員らが出席しました。台湾側は王正旭、林思銘、陳昭姿、陳冠廷の各立法委員がビデオメッセージを寄せ、現場とオンラインで熱のこもった議論が行われました。石橋議員は「中国政府によるとされる強制的な臓器摘出は重大な人権侵害であり、看過できない」と指摘。日本国内では臓器提供が極端に不足しているため、患者が海外移植に頼らざるを得ない現状がある一方、渡航先で直面する倫理的リスクは極めて深刻だと述べました。さらに台湾の先行事例を参考に、国内法と倫理規範を強化し海外移植への依存度を引き下げる必要性を訴えました。

医療体制の構造的課題――日本の移植制度を阻む四つの壁

 湘南鎌倉総合病院の大久保惠太医師は、日本の臓器移植実施率が米国の30分の1、臓器提供率が67分の1にとどまる理由を分析し、以下の四点を挙げました。

法律・文化の壁
 国民の39.5%が臓器提供に前向きであるものの、実際の提供意思登録率はわずか10.2%にとどまっています。家族と臓器提供について話し合う文化が十分に根付いておらず、医療現場でも話題にしづらい雰囲気が残っています。

医療資源の不足
 移植を担う施設が全国的に限られ、診療報酬も低いため、病院の経営判断として移植部門を維持しづらい状況です。救急部門や集中治療室と連携しながら臓器提供を進めるには、人員確保と設備投資の両面で負担が大きいといわれています。

手術実施の困難さ
 手続きが煩雑で医師の負担が大きく、特に若手医師が移植手術を敬遠しがちです。施行例が少ないことによる経験不足の悪循環も深刻で、専門チームの育成が急務とされています。

社会的認知の不足
 臓器提供に対する理解と共感が広がらず、過度なプライバシー保護が結果的に制度の透明性を損なっています。提供者や家族の体験談を社会で共有しにくい現状が、意思表示のハードルを高めているとの指摘もあります。

 大久保医師は、報酬制度の見直し、専門調整チームの設置、制度設計の改善、社会文化的な啓発を同時並行で進める必要性を強調し、「抜本的な制度改革が不可欠だ」と訴えました。

台湾の経験――国内制度整備で違法移植を抑止
 台湾立法委員の王正旭氏は、推進中の「臓器摘出防止法案」を紹介し、国民健康保険制度と症例審査制度によって移植の公正性と合法性を担保していると説明しました。台湾では「インフォームド・コンセント(説明に基づく同意)」を徹底し、学校教育やメディアキャンペーンを通じて臓器提供意思を高めてきた結果、国民が中国など高リスク地域で移植手術を受ける必要性が大幅に減少したと報告しました。

 台湾大学医学部の蔡甫昌教授は、2000年以降、中国で臓器移植を受けた台湾人患者数が一時期、国内移植件数の2倍にまで膨れ上がったと振り返りました。しかし詳細な追跡調査の結果、台湾国内で移植を受けた患者のほうが長期生存率が高いことが判明しており、「国内で安全かつ合法に移植を受けられる体制こそが患者利益に合致する」と指摘しました。2015年以降、違法移植をあっせんした者には刑事罰が科されるようになり、倫理的・法的枠組みは一段と厳格化しています。

移植ツーリズムはいまも活発――報道への圧力も

 台湾大学附属病院の黄士維医師は、過去10年間で約4,500人の台湾人が中国で臓器移植を受け、なかには複数臓器を同時に移植したケースもあったと推計しました。台湾では2015年の法改正により海外移植の申告が義務付けられ、斡旋業者は犯罪行為と規定されましたが、情報の不透明さや違法施設の実態把握はなお課題として残っています。

 さらに黄医師は、臓器強制摘出問題を取り上げる報道が一部メディアで抑圧されている現実にも言及しました。元ニューヨーク・タイムズ北京特派員のディディ・カーステン・タトロウ氏は、2019年にロンドンで開かれた民衆法廷「China Tribunal」で中国の強制摘出の証拠を証言しましたが、その報道活動が社内圧力を招き、最終的に退職を余儀なくされた経緯を語っています。

国際倫理団体が日本に立法を要請

 医療倫理団体「臓器強制摘出に反対する医師団体(DAFOH)」代表のトーステン・トレイ医師はビデオ発言で、中国における年間移植件数が公式発表を大幅に上回る可能性や、拘束者からの臓器摘出を示唆する証言を提示しました。トレイ医師は、イスラエルが中国で行われた臓器移植に対する保険支払いを禁止した例や、米国議会で進む制裁法案を挙げながら、「日本も明確な法整備と倫理的スタンスを確立し、患者を違法移植から保護する責務がある」と強調しました。

国際協力こそ強制摘出阻止への鍵

 米連邦下院議員のクリス・スミス氏も書面で参加し、自ら主導した「2025年強制臓器摘出防止法案(H.R.1503)」を紹介しました。同法案は下院を通過しており、成立すれば関係者に最高100万ドルの罰金と最長20年の懲役が科されます。スミス議員は、台湾が実施する中国渡航移植の禁止措置や保険データの追跡制度を高く評価し、「ウイグル人や法輪功学習者などに対する臓器摘出は、人道に対する重大な罪だ」と非難しました。さらに「民主主義国家は連携し、立法や制裁措置を通じて国際的な人権危機を終わらせるべきだ」と呼びかけました。

まとめと今後の展望

 今回のシンポジウムを通じ、日本の移植医療が抱える構造的課題が改めて浮き彫りになりました。台湾の制度整備や国際社会の立法・制裁の動きを踏まえ、①臓器提供意思表示の促進、②専門医療資源の拡充、③制度の透明性確保、④国際連携の強化を車の両輪として進めることが不可欠です。国内で患者が安心して移植を受けられる環境を整えると同時に、国境を越えた倫理基準を確立し、多国間で協調した規制と情報共有を行うことで、違法な臓器移植と強制摘出を根本から防ぐ道筋が開けるといえます。

(黎宜明)