近年、電気自動車市場で急成長を遂げた中国の大手自動車メーカー「BYD」に、いまかつてない危機が訪れています。中国各地でBYDのディーラーが相次いで閉店し、一部の経営者は、顧客から預かった購入資金や保険料を持ち逃げしたまま行方をくらましています。
車を購入した多くの消費者は、契約時に約束されていたアフターサービスを受けることができない状況に陥っています。しかし、中国当局やBYDは有効な対応策を示せないため、購入者は取り残され、不信と怒りが社会全体に広がりつつあります。
相次ぐディーラー破綻
BYDを巡る騒動は、各地のディーラー、すなわち「4S店」の相次ぐ経営破綻に端を発しています。
中国国内の情報では、山東省、遼寧省、河南省などのBYDディーラーが突然営業を停止し、店舗責任者が顧客から預かった資金を持ち逃げして姿を消すケースが相次いでいるとのことです。
とくに山東省では、BYDユーザーによる集団的な抗議が起きており、影響を受けた顧客はおよそ2万人に上ると見られています。その多くは購入時に支払った車両保険や整備代金、予約金が返還されず、大きな損失を被っています。
あるユーザーは、BYDの「漢(BYD HAN)モデルを購入する際、3年分の保険料を前払いしました。しかし、実際にアフターサービスを受けたのは1年だけで、残りの2年分の保険料の所在は不明、メーカーからは何の説明もないと訴えています。
業界関係者によれば、BYDは過去2年間、売上目標を達成するため、ディーラーに過剰な在庫を押し付ける「圧力型販売政策」を採用していたことがあります。その結果、倉庫や屋外駐車場には買い手のない新車がずらりと並び、中には長期間の直射日光で車体が変形してしまったものもあるといいます。ディーラーも過剰な在庫を抱えることとなり、やがて資金がショートしてしまいます。
さらに追い打ちをかけたのが、急激な値下げです。2025年5月26日、BYDは20種類以上の電気自動車およびハイブリッド車を一斉に大幅値下げすると発表しました。最大値下げ幅は34%に達し、『海鴎(シーガル)』は5万5800元、日本円にして約112万円まで引き下げしました。
値下げは短期的には販売量の増加をもたらしたものの、投資家からは「収益性と経営の安定性に疑問がある」との不安の声が相次ぎました。同日の香港市場ではBYDの株価が約9%下落し、米国市場でも9.75%の急落を記録しました。同業他社の蔚来(NIO)や理想汽車(Li Auto)、吉利汽車(Geely)なども影響を受けて株価を落としています。
BYDを取り巻く三重苦
BYDの急激な値下げ戦略は、多くの既存ユーザーの強い反発を招いています。あるユーザーはSNSで次のように投稿しました。
「納車してからまだ2か月も経っていないのに、2万元(約40万円)も値下げされた。私たち既存ユーザーはまるで搾取の対象のようだ」
別のユーザーも、BYDの「裏切り行為」は、ユーザーの信頼を損なうだけでなく、中古車市場にも深刻な影響を与えていると書き込みました。中古車販売業者によると、BYDの値下げにより、人気車種が一夜にして数万元も値下がりし、販売店が数千万円の評価損を出すケースもあるといいます。
しかし、価格以上に深刻なのが、製品の品質に関する問題です。一部ユーザーは、車体から異音がする、シャシーの素材が粗悪である、バンパービームがそもそも装備されていない、といった不具合を訴えています。ある整備士は「フロアの鉄板は紙のように薄く、リアサスペンションのリンクは箸より細い」と指摘しました。
車体を分解した動画では、車体内部に大量の発泡スチロールや粗悪なスポンジ状の詰め物が充填されている様子が映し出され、「産業廃棄物レベルの作り」とまで批判されています。
さらに、新車購入から1年も経たないうちに、車体にサビが発生する事例もあるということです。広東省のあるユーザーは、自身の「秦PLUS」モデルの車体底部が広範囲にわたって腐食している様子を公開し、メーカーが防錆処理を怠っていた可能性を指摘しました。
BYDのアフターサービスも批判に晒されています。複数のユーザーは、「ディーラーで保証修理を拒否された」「修理には追加費用が必要と言われた」と主張しています。あるユーザーは、「保証制度なんて形だけ。トラブルが起きたら、全部自分で対応するしかない」と嘆いています。
今回の騒動では、BYDの財政面での脆弱性も明らかになりました。一部の独立系ジャーナリストは、BYDは仕入れ先への支払いを故意に遅らせており、財務諸表に表れない「隠れ負債」を抱えていると指摘しています。中国の自動車メーカーは通常、出荷後2カ月から3カ月以内に部品メーカーに代金を支払いますが、BYDではその支払期間が9か月にも及んでいるとのことです。この長期間の未払金を含めた場合、BYDの実質的な負債総額は3230億元、日本円にしておよそ6.5兆円にも達します。これは、事実上経営破綻した中国の不動産大手・恒大集団と並ぶ規模です。もしBYDの資金繰りが行き詰まることになれば、中国の新エネルギー車産業全体に大きな連鎖反応を引き起こすおそれがあります。
BYDの栄光と転落
BYDは、中国当局が進める新エネルギー車戦略の旗艦として、長年にわたって多額の政府補助金や税制優遇を享受してきましたが、今や信用危機に陥っています。そのため、監督当局のリスク管理に対する疑問の声も上がっています。
BYDの公式発表では、依然として「販売台数トップ」をアピールし続けています。今年4月の発表によれば、BYDの月間販売台数は30万台を超え、中国国内の新エネルギー車市場でトップを維持しているとのことです。しかし、複数のメディア報道によれば、この「販売台数」は消費者への販売数量ではなく、実際はディーラーへの出荷ベースの数量です。そのため、業界関係者は、「このような見せかけの販売データは、市場の冷え込みを隠す意図があるのではないか」と考えています。
中国ではすでに10万人以上のBYDユーザーがSNSなどを通して、BYDが「ディーラーを搾取し、消費者を蔑ろにしている」と訴えています。
「メーカーのカスタマーセンターには何度電話してもつながらない」「メールを送っても返信が来ない」「どのルートからも音沙汰がない」といった不満が噴出しています。中には、BYDの本社前で横断幕を掲げ、座り込み抗議を行うユーザーグループも現れました。
注目すべきは、中国の新エネルギー車市場全体が、変化期に差し掛かったことです。これまでの急成長によって覆い隠されてきた多くの問題が、いま一斉に表面化しています。専門家は、「BYDの問題は決して単独の事例ではなく、業界全体に蔓延する無計画な拡大と、実態の伴わない繁栄の縮図だ」と語っています。
今のところ、相次ぐディーラー破綻と消費者からの抗議について、BYDは正式な声明を発表していません。今回の「BYDショック」が中国の新エネルギー車業界にどこまでの影響を与えるのか、今後の展開が注目されています。
(翻訳・唐木 衛)