2025年5月25日午後4時、連続する爆発音とともに、重慶市の菜園壩火車駅前広場に半世紀近くそびえ立っていた、高さ84メートルのランドマーク「華鉄賓館」が、計画的な爆破解体により姿を消しました。
爆破直後、近隣住民が撮影した映像がSNS上で急速に拡散しました。映像では、建物の下層部分が先に爆破されて空洞ができ、その後、上部十数階が西南方向に傾きながら崩れ落ち、灰色の粉じんが津波のように周囲を包み込む様子が確認されました。再生速度を落として見ると、中層階に白い人影が2つ映り、突然立ち上がってバルコニーまたは階段の方向へ駆け出すような姿が見られ、そのまま瓦礫に飲み込まれたようにも見えました。この一瞬の映像が、「退避措置は本当に万全だったのか」「都市建設部門に重大な過失があったのではないか」といった疑念を呼び、インターネット上では恐怖と怒りの声が広がりました。
菜園壩火車駅は1952年に開業した重慶最古級の鉄道ハブで、V字型の峡谷地形に囲まれていることから、長年にわたり大規模な拡張が困難とされてきました。市政府は近年、駅全体を立体化し、地下に新たな軌道交通空間を掘削、地上には商業施設や都市型プラットフォームを整備するという大規模な再開発を決定。老朽化が進んでいた華鉄賓館は主要工事ルートを妨げる位置にあったため、最初の撤去対象となりました。
重慶市住宅都市建設委員会の入札資料によると、今回の爆破解体は中国の「建築物爆破安全規程」において最高等級であるA級に分類されており、半径200メートル圏内の完全退去、三回以上の逐階確認、第三者機関による署名確認が義務付けられていたとされています。
しかし、ネット上で出回る情報と政府の公式発表との間には、大きな齟齬が生じました。5月27日、Xの人気アカウントである羅翔(らしょう)氏が、「市の城建局が建物内に潜伏していたホームレスを退去させないまま爆破を実行した」とする内部情報を引用し、映像のコマ送りキャプチャを提示したうえで「少なくとも二人の白衣の人物が崩落直前に走っている」と主張しました。同日、重慶市インターネット情報弁公室が運営する公式アカウントは、これを「根拠のないデマである」として否定し、「権威ある機関による技術鑑定の結果、白い影は粉じんと光の重なりによる錯覚だった」と説明しました。
それでも騒動は収束せず、多くのネットユーザーが独自に映像をフレーム単位で解析し、「起き上がり→方向転換→歩幅の変化」といった連続動作が確認できると指摘。「光と影の錯覚だけで、ここまで具体的な動きが再現されるのか」「避難完了を示す監視映像やチェックリストを公開すべきだ」といった、具体的な情報公開を求める声が高まりました。
同時に、より切実な安全上の問題も浮き彫りになりました。華鉄賓館から道路を一本挟んだ場所にある集合住宅「C7公寓」では、爆破の翌日に住民が帰宅した際、外壁や室内の壁、天井などに多数の亀裂が発生しているのが確認されました。23階に住む李さんは、縦方向に走る亀裂が最大で約1センチに達し、モルタルが剥がれ、鉄筋が露出している様子を九派新聞に写真付きで提供。「小規模な地震を体験したかのようだった」と語っています。
27日夜、渝中区住宅都市建設委員会は状況報告を発表し、爆破前後における沈下量や傾斜角の比較結果に基づき「建物の主体構造に安全上の懸念は確認されなかった」と説明しました。一方で、住民が訴えている壁面の亀裂については、第三者鑑定機関との合同による戸別調査を実施し、「鑑定結果に基づき、必要に応じて補修または補償を行う」としています。
しかし、報告書には具体的な測定値や振動データが一切示されておらず、インターネット上では「目に見える亀裂があるのに“問題なし”とするのは信じ難い」「賠償責任を回避するために意図的にデータを開示していないのではないか」といった不信感が渦巻いています。
実際、菜園壩火車駅の再開発計画は現在も進行中です。入札資料によれば、今後、駅前広場は地下2層・地上3層の商業複合施設へと刷新され、延べ床面積は約5万平方メートル拡大する見通しです。地下には重慶軌道交通18号線との乗り換え通路が新たに設けられ、深基礎の掘削や段階的な爆破など、振動を伴う作業が続くことになります。専門家らは「周囲にある35棟の老朽化住宅について、リアルタイムでモニタリング結果を公開し、安全性を確保する必要がある」と提言しています。
今回の一連の騒動は、緊急時における行政の情報公開のあり方や、住民との合意形成の難しさを改めて浮き彫りにしました。復旦大学都市治理研究院の沈可文(しんかぶん)研究員は「都市再開発が加速する中で、政府がただ『デマである』と即座に否定するだけで、検証可能な具体的データを示さないのであれば、行政への社会的信頼は一層損なわれる」と警鐘を鳴らしています。市民が求めているのは、単なる「デマ否定」の発言ではなく、その検証過程の可視化と、行政による説明責任の果たし方であり、そこにこそ信頼回復の鍵があると言えます。
華鉄賓館の爆破解体は、急速に進む都市開発の裏に潜むリスクを象徴する出来事となりました。鋼鉄とコンクリートで築かれた巨大建築がわずか数秒で瓦礫へと変わるその光景は、視覚的には圧倒的でありながら、その背後には住民の不安や制度への亀裂が静かに横たわっています。人々の命や生活環境が十分に守られないまま開発だけが推し進められるのであれば、その代償は一棟の建物の崩壊にとどまらず、社会の基盤である公共への信頼そのものを揺るがすことになりかねません。
(翻訳・吉原木子)
