最近、重慶市の精神病院で撮影されたとみられる複数の動画が中国のSNS上に出回り、大きな波紋を呼んでいます。動画では、数十名の女性たちが病院の鉄条網にしがみつき、激しく動揺した様子で助けを求める姿が映し出されています。その中には、「私たちは皆、警察に連行され、ここに閉じ込められている」と訴える女性もいました。

精神病院で監禁、助け求める声

 精神病院に関する映像は今年5月11日に「X」で初めて投稿されました。赤レンガの塀と鉄条網で囲まれた敷地の中から、私服姿の女性たちが「通報して!」「警察に電話して!」と必死に呼びかける様子が記録されています。

 そのうちの1人は、「私たちは皆、警察に連行され、閉じ込められた」と訴えていました。

 現時点で、事件の発生場所や女性たちの身元について、当局から正式な説明は出ていません。

虐待手段としての精神病院

 動画が拡散されるに連れて、正常な一般人を「精神疾患扱い」するという中国共産党独特の人権侵害手段に注目が集まるようになりました。

 すなわち、精神疾患であるという医者による診断がないにもかかわらず、公的機関や司法機関が「精神異常である」というレッテルを貼ることで、一般人を強制的に精神病院に送ることができるというのです。精神病院では、隔離治療や電撃、正体不明の薬物投与といった虐待が横行し、監禁された人は耐え難い身体的、精神的な苦痛を強いられます。

 SNS上では「それはもはや精神病院ではなく、政治犯の収容所だ」「これは皆が知っている公然の秘密だ」「彼女たちを助けなければ、次は自分が監禁されるかもしれない」とった投稿が多く見られました。さらに、「精神病院は、当局が人権侵害を行うグレーゾーンになっている」との声もあり、中国共産党の司法機関による精神病院の悪用に関して、深い懸念が広がっています。

精神病院への監禁が多発

 中国で一般民衆が「精神疾患扱い」され、強制的に精神病院に監禁されるという問題は、今回が初めてではありません。長年にわたり、メディアや人権団体は、さまざまな関連事例を報告しており、被害者の多くは、権利回復を求める陳情者や、政府と異なる見解を持つ人々です。

 例えば、今年4月に中国の地方メディア『大象(だいしょう)新聞』が報じた安徽省の事例では、労災に遭った張坡(ちょうは)さんという男性が補償を求めたところ、警察から「精神異常」と判断され、精神病院に22日間収容されました。

 張坡さんはもともと、地元の炭鉱作業員でしたが、1999年の事故により、重い障害を負いました。以降、労働能力を失った張坡さんは、毎月の障害者手当で生活してきましたが、物価の高騰や税金の引き上げにより、今まで通りの支給額では生活が困窮する一方でした。そこで、張坡さんは2024年に労災の増額を求めましたが、突然警察に連行され、精神病院に送られました。この出来事は社会に大きな衝撃を与えたといいます。

 張坡さんによると、「入院」生活の中で、彼は治療薬を飲むことを強制され、もし拒否すれば身体をきつく拘束されたと証言しています。

 しかし、司法鑑定の結果、張坡さんに精神疾患は認められませんでした。張坡さんは、自身が精神病院に送られたことの正当性に疑問を呈し、法的な手続きを通して真相の解明を求め続けています。

 もうひとつの典型的な事例として、20年前に発生した陝西省の少女・唐志会(とう・しかい)さんの事件が挙げられます。民間団体「民生観察」が2016年に発表した報告によると、唐志会さんは14歳のとき、母親の死をめぐる真相を解明すべく、陳情活動を始めました。しかし、彼女は軟禁され、労働教養処分を受け、さらには5回も精神病院に送られるという過酷な体験をしました。

 唐志会さんは、精神病院への強制入院と強制治療は法律違反であるとして、警察を相手取って訴訟を提起しました。法廷では、唐志会さんは、「私は67回も身体拘束され、49回も薬を飲まされ、53回注射され、電気ショックまで受けた。中国共産党は、か弱い女性に対して非人道的な方法で迫害を加えた」と訴えました。

性被害訴える女性、強制入院に

 2024年に発覚した江西省の李宜雪(り・いせつ)さんの事件も、代表的な事例です。

 李宜雪さんは2022年4月、地元の補助警察官から性被害を受けたと告発し、その内容をSNSで公表しました。しかし、李宜雪さんは警察によって江西省精神病院に強制的に入院させられ、56日間にわたって「治療」を受けさせられました。

 退院後、李宜雪さんは2つの病院で精神鑑定を受けましたが、いずれも「精神疾患の兆候なし」と判断されました。そして2024年7月20日、李さんは江西省精神病院を相手取り、訴訟を起こしました。

 そのわずか数ヶ月後の2024年12月22日、李さんは再び「強制入院」させられます。政府は2025年1月に彼女が退院したと発表しましたが、インターネット上に出回っている映像には、李さんがホテルの一室で監禁され、複数の警察官に監視されている様子が映されていました。

 動画では、李さんは来訪者に対し、「私が退院したとの発表は全部ウソだ。私を狂わせたのはあの人たちだ」と叫んでいました。この一連の出来事はインターネット上で瞬く間に拡散され、動画は10億回以上再生されました。

精神病院が強制収容所に

 「精神病院は、中国共産党にとって気に入らない人々を閉じ込める『収容所』になってしまった。」

 現在アメリカに亡命中の中国人権活動家・界立建(かい・りつけん)氏は米国メディア「ラジオ・フリー・アジア」の取材に対し、こう語りました。界立建氏自身も、中国で三度にわたって強制的に精神病院に送られた経験があります。

 界立建氏は、「一度でも『精神疾患』というレッテルを貼られれば、法律も社会も誰も守ってくれない。社会的な信用はなくなり、退院後に見向きもされなくなる」と語りました。

 さらに、精神病院では薬物の投与や身体拘束、医療行為などにより、身体的にも精神的にも深刻なダメージを受けると指摘しました。それらの行為は往々にして司法の管轄外で行われるため、被害者が救済を求めてもほとんど無意味だといいます。

 中国の『精神衛生法』では、強制的な入院措置は専門の精神科医による厳格な診断と観察を経て、その可否が判断されます。また、患者には異議申し立ての権利も与えられています。

 とはいえ、中国共産党が一党独裁を行う現代中国において、制度の運用の中で診断の独立性や制度の透明性を確保することは極めて困難です。中国共産党の支配下では、患者の基本的な人権を保障すること自体が、理想論に過ぎないといえるでしょう。

 なお、重慶市で撮影されたとされる今回の動画について、現時点で重慶市当局からは公式な説明は一切出されていません。

(翻訳・唐木 衛)