中国の代表的な大都市である北京と上海で、2025年3月の小売業販売額が前年同月と比べて大きく落ち込みました。報道によると、今年3月の北京市における社会消費品小売総額は1,049億元(約2兆円)となり、前年同月比で9.9%もの減少となりました。上海市の3月の消費品小売総額は1,280億元(約2.5兆円)にとどまり、こちらは前年比で14.1%の大幅な下落となっています。

 中国共産党当局は今年1月、消費を刺激するための「二つの新政策」、すなわち「大規模な設備の更新」と「消費品の買い替え」を支援する補助政策を発表しました。さらに3月には《消費振興特別行動プラン》を打ち出し、内需の喚起を図ってきました。

 しかし、中国における消費の象徴とされる一線都市・北京と上海でさえ、消費指標は依然として低迷したままです。こうした状況は、中国共産党が内需の拡大によってアメリカの関税圧力を相殺しようとする試みがいかに困難であるかを浮き彫りにしています。

消費刺激するも効果薄く

 台湾・南華大学の国際事務およびビジネス学部の専任教授である孫国祥(そん・こくしょう)氏は、海外の中国語メディア『大紀元』の取材に対し、「北京と上海の3月の消費小売額が大幅に下がった最大の要因は、消費補助の効果がすでに尽きてしまったことだと思う」と述べました。

 孫国祥氏によれば、北京と上海では過去2年間にわたって、すでに大規模な消費補助政策が実施されてきました。消費意欲のある層は買い物を済ませてしまい、新たな需要が誕生しない状態になっています。結果として、補助による消費刺激の効果は急速に失われてしまいました。

 さらに孫国祥氏は、一線都市では不動産価格の下落により住民の資産が大きく目減りしたため、多くの人々が消費を抑えて貯蓄を増やしていると指摘しました。また、住宅ローンなどの負債を抱える住民が多く、返済に追われるなかで、日常的な消費に回せる可処分所得が減少していることも、消費低迷の背景にあるとしています。

 孫国祥氏は、「住民の貯蓄が増えているという事実は、ロックダウンや経済の悪化、相次ぐ解雇などを経て、上海や北京の多くの市民が『倹約』を習慣化するようになったことを物語っている」と述べました。

 上海在住の王さんという女性は大紀元記者の取材に対し、「政府が『消費を促進する』と言って、新しい携帯を買えとか、何かを買い替えろと言っているが、今使っているもので十分なのに、なぜわざわざ買い替えなければいけないのか」と語りました。

 さらに王さんは、「条件が整えば、誰だって消費するよ。わざわざ政府に促されるまでもない。そのような言い方は不快だ」と不満をこぼしました。「お金があれば、欲しいものを自分で買いにいく。政府に刺激してもらう必要なんてない」

 孫国祥氏によれば、中国国内の内需回復は非常に遅く、補助金だけではとても持続的な消費拡大は見込めないとのことです。補助金はあくまで短期的な措置にすぎず、長期的には頼りにならないと警鐘を鳴らしています。さらに、住宅ローンの返済が中国の家計で大きな割合を占めていることから、中国当局による消費刺激策には限界があると指摘しました。

TOTO、中国から撤退へ

 衛生陶器大手のTOTOは4月28日、中国景気の減速を受けて、北京と上海の生産拠点を閉鎖すると発表しました。この2つの工場では、あわせておよそ2,000人の従業員が働いています。

 長年にわたり、中国市場はTOTOの海外売上の半分以上を占める重要なドル箱でした。しかし近年、中国の不動産市場が大きく冷え込み、新築住宅の着工件数が減る中で、トイレなどの衛生製品も、中高価格帯から低価格帯へとシフトする傾向が強まっています。

 価格競争が激化する中で、中間価格帯では中国の地場メーカーが台頭し、市場環境は年々厳しさを増しています。その結果、TOTOの中国での営業損益は、2023年には44億円の黒字を記録していましたが、2024年には36億円の赤字へと転落しました。

 こうした状況を受け、TOTOは今年4月、中国における住宅設備事業の戦略を抜本的に見直す決定を下しました。TOTOの田村信也(たむら・しんや)社長は記者会見で、「今後、海外事業の重点はアメリカとヨーロッパに移す方針だ」と述べています。

 今回のTOTOの撤退は、外資系企業の中国撤退が相次ぐ中の、ほんの一例にすぎません。米中間の関税戦争や貿易摩擦が長期化する中で、アップルをはじめとする多くのグローバル企業が、次々と生産拠点を中国から引き上げています。一方、中国国内では海外からの注文が減少し、受注を失った多くの民間企業が倒産の危機に直面しています。

 孫国祥教授は、北京と上海は中国の経済の変化を最も早く反映する都市であり、それらの大都市で企業によるリストラが行われると、一般市民の経済に対する見通しや消費マインドに直接的な打撃を与えると指摘しています。

 上海に住む王さんは、「以前の上海はとても賑やかで、外資系企業もたくさんあったが、今では人口が減っていて、会社も次々と撤退している。特に、小規模な経営者や個人事業主がやっていけず、多くの店が閉店した」と語りました。

 さらに王さんは、今の若者たちが「結婚もしない、家も買わない、子どもも産まない」という「寝そべり」状態になっていると述べ、「消費はすべて最低限に抑えられている」と語りました。

 王さんは続けて、「若者たちがそうなっているのは、やはり『希望がない』からだ。もし希望があれば、努力しようと思えるし、挑戦しようという気持ちにもなれる。けれど、今は希望がまったく持てないのだ」と指摘しました。

 「本当は、誰だって結婚したいし、子どもも欲しい。でも、そう思えない現実がある」と王さんは落胆気味に話しました。そして、「誰も先が読めない。将来がどうなるのかもわからない。だから、みんなお金を使うのを恐れている」と語りました。

内需低迷が長期化する恐れ

 孫国祥教授は、企業の大規模なリストラや景気の悪化が進む中で、北京や上海などの大都市では常住人口が減少していると指摘しています。特に、消費意欲の高い若年層や地方からの出稼ぎ労働者といった「外来人口」が都市を離れていることが、これらの一線都市における消費の弱さに拍車をかけていると見ています。

 孫国祥教授はさらに、中国では今後、人口構造の変化や人口ボーナスの消失、そして米中貿易戦争や雇用情勢の悪化といった複数の要因が重なることで、内需の低迷が一時的ではなく、長期的な現象として定着する恐れがあると指摘しました。

 これにより、中国共産党が掲げる「内循環モデル」にはかつてない重圧がのしかかることになり、経済の本格的な回復は難しいのではないかと警鐘を鳴らしています。

 北京と上海で顕在化した消費意欲の低迷は、中国全体が抱える内需不足という構造的問題を露呈させています。孫国祥教授は、中国の内需市場が弱体化すれば、その影響は経済の減速にとどまらず、財政の悪化、雇用の不安定化、さらには社会的リスクの高まりにもつながりかねないと述べました。

 上海の王さんも、「いつになったら普通に戻れるのか分からない。とにかく、今は何かがおかしい。その『異常さ』を日々感じながら暮らしている」と語りました。

(翻訳・唐木 衛)