2025年春、陝西省では各地で高温と少雨が続き、干ばつの被害が日ごとに深刻さを増しています。現在は小麦の収穫を間近に控えた時期ですが、多くの農家は水が確保できず、作物が大幅に減収、あるいは全滅する危機に直面しています。

 気象当局の観測によると、今年4月以降の陝西省の平均降水量は、平年同期より8割以上も少なく、多くの地域が「重度干ばつ」から「極度干ばつ」のレベルに達しているとのことです。農民たちは状況を訴えるため、自ら撮影した動画をネットに投稿したり、伝統的な祈雨の儀式を行ったりするなど、切実な思いで雨を待ち望んでいます。

 中国気象報によると、2025年春季の陝西省の累積降水量は、1961年に気象観測が始まって以来、最も少ない記録となりました。特に3月下旬以降の降水量は過去最低を更新し、同時に平均気温は観測史上で3番目に高かったと報じられています。この干ばつにより、春作の農作物の生育が深刻な影響を受けており、目前に迫った小麦の収穫にも大きな打撃を与えかねない状況です。

小麦は収穫期目前 灌漑の望みはほとんどなし

 陝西省宝鶏市(ほうけいし)の村民、銭程さん(仮名)は記者に対し、「旧正月の頃に一度雪が降ったきりで、それ以降、まとまった雨は一度も降っていない」と語りました。小麦は2月中旬に急成長期に入ったが、水不足のため、ほとんど成長できないまま止まってしまったといいます。

 銭さんは「ほとんどの小麦は高さ20~30センチにしか成長せず、葉っぱはすでに黄色く枯れていて、もうこれ以上伸びない」と嘆き、「例年であれば、6月から7月にかけて小麦の収穫期を迎える時期だが、今年は畑にまったく水がなく、収穫できる見込みは極めて薄い。どう頑張っても、今年は全滅の可能性が高い」と述べました。

 また、銭さんは今年の収入だけでなく、来年の食糧事情にも不安を感じています。「去年もろくに稼げなかったので、残った穀物を少しずつ食いつないできた。けれども、今年はこの干ばつで、来年はもう口に入れる分すら確保できないかもしれない」と切迫した胸の内を明かしてくれました。

雨乞い訴える農民たち 農村に広がる焦燥と不安

 陝西省渭南市(いなんし)の村民、梅玲さん(仮名)は記者に対し、「今年の春は一滴の雨も降っていない。小麦にはまったく水がやれず、大幅な減収は避けられない。泣いている家庭もたくさんいる」と、農村全体に広がる不安と絶望感を語りました。

 彼女は、こうした深刻な状況にもかかわらず、人工降雨などの対策がまったく行われていないことに疑問を呈し、水源となるダムの放水がなされないことにも不満を抱いています。「今が一番大事な時期なのに、小麦はあとほんの少し水があれば耐えられるのに。このままじゃ、本当に全滅」と訴えました。

 「ティックトック」や「快手(クアイショウ)」といったSNSでは、陝西各地の農民が雨乞いの動画を投稿しています。動画には、ひび割れた田畑や枯れた作物の様子が映っており、一部の農民は線香を焚き、地面にひざまずいて天に向かい祈る姿も見られます。「どうか天の神様、お慈悲を」という切なる祈りが画面越しに伝わってきます。

 ある動画配信者は、「この大干ばつは、農民の一年間の苦労をすべて水の泡にしてしまった。もう何の見返りも期待できない」とコメントし、現場の切実な思いを代弁していました。

「花椒を伐採して小麦を作れ」 政府の方針が農民に追い打ち

 今回の干ばつによって深刻な被害を受けているのは、小麦を栽培していた農民だけではありません。別の農村地域では、政府の政策により、多くの農家がさらなる打撃を受けています。複数の農民によれば、政府が穀物の生産面積を拡大するために打ち出した「花椒(山椒の一種)から小麦への転作政策」により、村全体の花椒林が強制的に伐採されたといいます。

 銭程さんは「村にショベルカーがやってきて、数畝(ムー)もの花椒の木が全部根こそぎ掘り起こされた」と語りました。「花椒は多年にわたって手間をかけて育てられてきた経済作物で、安定した収益が見込めるうえ、大規模な産業として地域に根付いている。本当は切りたくなかった。でもどうしようもなかった。町の役場から『国の食糧事情が厳しいから小麦を作るように』という通知が来たのだ」と銭さんは肩を落としました。

 宝鶏市は、乾燥した気候と豊富な日照、昼夜の寒暖差といった条件がそろっており、花椒栽培に理想的な土地柄です。近年、この地域の花椒産業は地元農業の柱となっており、栽培面積は60万ムー(約4万ヘクタール)を超え、陝西省、さらには中国西北地域における最大の花椒産地の一つとされています。例えば、宝鶏市の鳳県では7万ムー(約4670ヘクタール)以上が花椒畑として利用され、年間生産量は4358トン、年間産出額はおよそ4.7億元(約94億円)に達しています。花椒の栽培だけで、地元農民の平均年間収入は約6300元(約12.6万円)にのぼります。

 これに対し、小麦の栽培ではほとんど収益が出ないのが実情です。昨年、中国のSNSで話題になった動画では、ある農村の女性が1万8900斤(約9.45トン)の小麦を収穫するのに7カ月もかけたものの、費用をすべて差し引くと手元に残ったのはたった1500元(約3万円)だったと語り、多くの共感と嘆きを呼びました。

米中関税戦争の余波か?花椒から小麦への転作に潜む国家的ジレンマ

 なぜ中国当局は、農民にとって収益性の高い花椒を伐採させ、小麦への転作を強引に進めているのでしょうか。その背後には、より深い経済的・政策的な思惑があると見られています。

 中国税関総署の統計によると、2025年1月から2月にかけての中国の小麦輸入量はわずか9.3万トンにとどまり、前年同期比で約96%という異例の大幅減となりました。小麦の主な輸入先はカナダ、オーストラリア、ロシア、カザフスタンなどで、これらの国とは関税面で大きな摩擦はありません。それにもかかわらず、中国が小麦輸入を急激に減らしているのはなぜなのでしょうか。

 専門家の見解では、その答えは農業そのものではなく、より広範な国際貿易の構造と外貨収支の問題にあると指摘されています。

 現在、中国の製造業は景気減速の真っただ中にあります。2025年4月の中国製造業購買担当者景気指数(PMI)は49.0に低下し、景気の分岐点とされる50を下回り、過去16カ月で最低の水準であり、とりわけ新規輸出受注指数は44.7と、2022年12月以来の低さを記録しました。これは、世界市場での需要が著しく低迷していることを意味します。

 こうした輸出不振の最大の要因の1つが、米国による高関税政策です。これが中国製品の競争力を著しく損なっており、中国の輸出企業は厳しい状況に立たされています。

 輸出の落ち込みは、当然ながら外貨収入の減少につながります。2025年3月の中国の外貨準備高は一時的に3兆2410億ドルまで回復しましたが、前年同月の3兆3000億ドルと比べると約600億ドルの減少となっています。輸出減少と外貨収入の縮小という二重の圧力を受け、中国は輸入にかけられる外貨の余裕を徐々に失いつつあります。

 こうした状況の中、政府は国内の食糧自給率を高めることを政策の最優先事項に掲げています。この方針のもと、一部の地方政府では、もともと経済性の高い作物として栽培されていた花椒の農地を、小麦栽培に転用するよう農家に強制しているのです。

 しかし問題は、この政策が推進されている地域の多くが、そもそも気候的に小麦栽培に適さない乾燥した土地であるという点です。農業現場では、こうした方針の実効性に対する疑問と不満が噴き出しています。

(翻訳・藍彧)