パンドーラーの箱(イメージ:Wikimedia Commons パブリック・ドメイン)

 「パンドラ文書」の最新文書では、中国共産党(以下、中共)が代理人や国有企業を利用し、オフショア会社を通して「海外の軍事技術企業」を秘密裏に買収している手口を明らかにしました。

 国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ、本部・米首都ワシントン)が2021年10月3日から公表した「パンドラ文書」と呼ばれる膨大な財務資料は、世界の現旧首脳(35人)、政治家、著名人などがタックスヘイブン(租税回避地)を利用して資産を蓄えていたことを明らかにしました。

 この資料は法務・金融サービスを手掛ける14社から国際調査報道ジャーナリスト連合が入手したもので、合計1190万点、ファイルサイズは2.94テラバイトに上り、規模は2016年のパナマ文書を上回ります。「民主主義大国を含む世界の隅々でオフショアのマネーマシンが稼働し」、知名度の高い世界有数の銀行や法律事務所が複数関与していることが明らかになったと、国際調査報道ジャーナリスト連合は指摘しました。

 タックスヘイブンでの経済活動自体は違法ではありません。問題は、そうした国や地域は税率が極端に低く、企業情報や取引などの秘匿性が高い点です。資産運用で利益が出ても税務当局の目が届きにくいのです。タックスヘイブンの利用で蓄財を指南する弁護士や会計士の実態も明らかになっており、高額な手数料が介在しているとされています。

 同文書によりますと、中国の大富豪である王靖(ワン・ジン)氏は、「オフショア金融センター」に設立した会社を利用して、ウクライナで唯一の「航空機エンジンの生産を専門とする」国家防衛の関連会社「モトール・シーチ社」を買収しようとし、「海外の高度なデュアルユース技術(民生用にも軍事用にも利用できる高度最先端技術)を獲得する」という中共の狙いと一致しています。

 王靖氏の買収は、主に北京信威科技集団股份有限公司(以下、北京信威)とオフショア会社である北京天驕航空産業投資有限公司(スカイリゾン)を通して行われていました。しかし、実際には王靖氏が持つ巨大な資金は、中国最大の政策性銀行である「国家開発銀行(CDB)」などが提供しています。

 BBCによりますと、中国のメディア関係者は、王靖氏は国際社会であちこちで詐欺を行う、単なる「白い手袋(資金洗浄のための企業や個人)」に過ぎませんと指摘しました。しかし、彼の後ろに誰がいるのかについては、メディアは一切報道しません。

中共国有企業の海外での買収実態

 「パンドラ文書 」は、近年、中共の国有企業がタックス・ヘイブンで設立したオフショア会社の大規模な手口を提供しました。

 例えば2018年には、石油大手の中国石油天然気集団(CNPC)がシリアの油田を買収するために「イギリス領ヴァージン諸島会社」を設立しました。中国最大の国営コングロマリットである中国中信集団公司(CITIC)は、「マジックオーシャン社」と「チャームスプリング有限公司」というオフショア会社を設立しました。

 2017年、中国中信集団公司は香港会社を招聘し、その上級管理職のためにオフショア信託を計画する際、詳細な組織図を提供しました。組織図によりますと、中国中信集団公司は約160社を所有し、そのうち半数以上の子会社が「ケイマン諸島」または「イギリス領ヴァージン諸島」に登録しています。

 アナリストによりますと、過去20年間、中共が国有企業の「海外進出」戦略を推進するにつれて、世界金融システムも「オフショア金融センター」をめぐって大きく変化したといいます。

 オフショア金融の専門家で、ジョージ・メイソン大学メルカタスセンター研究員であるラシード・グリフィス氏は、米デジタルニュース誌「ザ・ワイヤー・チャイナ」とのインタビューで、「国有企業(の子会社)を含め、数千の中国企業が海外に登録されています。中国(共産党)の通貨制限のために、国営企業でさえ、中国にお金を入れたり出したりするのは難しいので、オフショア会社を設立して会社買収を行っています」と述べました。

多くの国が「ペーパーカンパニー」の影「中共」を警戒

 「ザ・ワイヤー・チャイナ」の報道によりますと、王靖氏に関する文書手がかりは、中国国有企業が世界をリードする「オフショア金融センター」で実力派になる方法を知る窓口を提供しました。

 同記事は、「中国の民間企業家は、新浪網が創始したVIEモデル(注1)を利用し、オフショア会社を設立して外国資本を調達しています。中国の国有企業は通常、オフショア子会社を登録し、エネルギーと天然資源を含む海外資産を買収します。欧米が国家安全保障上でより厳しい審査を行なっているため、中国の海外投資に障害を設けましたが、オフショアのペーパーカンパニーは、国家の身分を隠すための便利な回避方法を提供しています」と書かれています。

 また、中共が「オフショア金融センター」に設立した会社が増えているのは、先進的な「デュアルユース技術」を獲得しようとする努力と一致し、米国と多くの先進国の警戒を引き起こしています、とアナリストが考えていると、同記事で書かれています。

中共がデュアルユース技術を獲得するため、技術者を大量密猟

 近年、ウクライナは中共の「報復・脅威」に抵抗し、モトール・シーチ社を再国有化して「重要な航空・軍事技術」を流用から守ろうとしていますが、中共はここ2年間でモトール・シーチ社の技術者を大量に密猟していました。

 元米商務省高官で現在は戦略国際問題研究所(CSIS)の貿易専門家、ウィリアム・レインシュ氏は、「ザ・ワイヤー・チャイナ」とのインタビューで、中国のオフショア会社はデュアルユース技術を獲得しようとするという北京の努力を隠す可能性があり、「中共側がずっとこのようにしているのであれば、それは問題になります」と述べています。

王靖氏の野心と背後の「影」

  モトール・シーチ社はウクライナのザポリージャに本社を置く航空用エンジンや産業用ガスタービンエンジンの製造メーカーです。ソビエト連邦時代からアントノフ An-124とアントノフ An-225に搭載されるD-18TターボファンやD-36/D-436シリーズなど様々な航空機の航空用エンジンを生産してきました。その中には中共の洪都航空工業集団が開発したジェット練習機JL-10のエンジンも含まれています。

 2014年にロシアがウクライナに侵略したことで、ウクライナ政府はロシアへの輸出ルートを遮断されたため、モトール・シーチ社の海外販売収入は激減しました。中共はその機に乗じて、ウクライナの航空分野への投資の覇権を握る機会を得ました。

  モトール・シーチ社のヴャチェスラウ・ボフスライェウ社長は2015年に、同社の株式の50%以上を中共の背景がある中国人ビジネスマンに売却することに合意しました。取引当時、モトール・シーチ社は経営難に陥っていました。

  王靖氏をはじめとする中国からの投資家は、約5億米ドル(約565億円)をかけて、モトール・シーチ社の株式の50%以上を取得するために、イギリス領バージン諸島で登録されたスカイリゾンを含む一連のモトール・シーチ社を買収するためのオフショア企業を設立しました。そして、投資者は購入した株式を中国国家開発銀行に担保として提供し、融資と引き換えにしたのです。

王靖氏の内幕が暴かれても、銀行からの巨額融資に影響しません

  中国メディアが2019年に報じた内容によりますと、北京信威は、架空の海外事業を通して、銀行や政府機関の信頼とデットファイナンスの便利さを騙し取ると同時に、株価のつり上げをあおり、株主の信頼を欺くことで、自分や投資機関が逃げ出す機会を得て、何も知らない株主の投資から大きな利益を得ています。

  2021年、北京信威はA株(注2)市場から上場廃止となり、かつて人気を博した億万長者の王靖氏はメディアに、「金融詐欺師、詐欺会社」として暴露されました。実際、北京信威は2016年に金融詐欺の疑いでA株の取引が3年近く停止されましたが、2019年7月に再び「取引再開」が認められ、その後株価は40日以上連続して下落し、ST銘柄(読み:スターエスティめいがら、注3)に指定されたこともありました。

  公表されている企業データによりますと、王靖氏が実際に支配している会社の数は65にも上り、ニカラグア、ウガンダ、カンボジア、アイルランド、ロシア、北アイルランドなどで事業を展開しており、現地に設立されたペーパーカンパニーとの取引に関わっていると主張しています。

  彼が発表した注目の「巨額投資プロジェクト」のリストには、2012年の「ニカラグア」大運河への投資、2013年の「クリミア」での深海港の建設、2015年のウクライナの航空エンジン会社の買収、2016年のイスラエルの衛星会社の買収など、話題性のある投資を行っています。

 北京信威は海外プロジェクトに投資できるほどの資金を持っておらず、その背後には中共国有企業のバックアップがあるはずで、北京信威は民間企業とはいえ、いずれ中共の傘下に吸収されるだろうと考えるアナリストもいます。

  中国メディア2021年の報道によりますと、北京信威の35%の株式を保有する王靖氏は、国家開発銀行や盛京銀行など国内の主要な「金融証券会社」にすべての「株式」を差し入れており、2017年だけで彼の手を通して流通した現金は既に数百億元に達していたといいます。

  また、多くの投資者の中で、国家開発銀行だけでも少なくとも280億元の資金を北京信威に提供しており、2016年に王靖氏の詐欺などが発覚した後も、北京信威への投資を続けているとしています。

王靖氏背後の「影」について、マスコミは一切触れません

  網易財経の2016年の調査報告書は、北京信威の謎の株主の一部が持ち株を減らして巨額の財産を現金化していたことを明らかにしました。

  国有企業「大唐電信(DTT)」の傘下にある北京信威は2021年に、ついに上場廃止となり、債務不履行によりデフォルトとなりました。競売にかけられる前、北京の本社ビルには「数人の中共幹部」が訪れた写真がまだ飾られていました。

注1:VIEの正式名称は、Variable Interest Entities(変動持分事業体)である。すなわち、出資の方式によらずに、関連の契約書の締結により、中国国内の中核会社を実質的に支配し、連結するというスキームである。

注2:A株とは、中国の上海、深圳の株式市場に上場している中国企業を対象とし、人民元で取引され、中国国内の投資家に向けて発行している株式。

注3:ST銘柄とは、上場している企業の業績が2年連続で赤字となった場合、1株当たり純資産(BPS)が1人民元を下回った場合など、企業の財務状況が著しく悪化して上場廃止のリスクがあり、業績予想の発表も困難と証券取引所が判断した場合の処置として「ST銘柄」に指定します。

(翻訳・徳永木里子、吉原木子)