曲一つで、人間の喜怒哀楽から、国家の栄枯盛衰まで示してくれるのです。(絵:看中国/Winnie Wang)

 音楽はとても不思議なものです。曲一つで、人間の喜怒哀楽から、国家の栄枯盛衰まで示してくれるのです。

 反逆の意は音楽で表す

 『開天伝信記』にはこんな記載がありました。

 中国の西に位置する「涼州」の人々は、音楽を嗜むことが好きで、『涼州』という曲を作りました。唐・開元の時代、涼州を統治する西涼府都督・郭知遠は、『涼州』の曲を玄宗に献上しました。玄宗は王侯貴族たちを集め、『涼州』を一緒に鑑賞しました。曲が終わって、王侯貴族たちはすばらしいと称え、和気藹々とした中、寧王だけが曇った表情でした。

 玄宗が理由を尋ねると、寧王はこのように答えました。

 「この曲は、確かに美しいです。私の知っている限り、曲は一般的に『宮( ≒ ド)』の音から始まり、『商( ≒ レ)』の音で終わり、間は『角( ≒ ミ)』、『徴( ≒ ソ)』と『羽( ≒ ラ)』の音で作らています。しかし、この『涼州』は、最初から『宮』を使わず、『宮』が一曲の中であまり使われていません。『徴』と『商』が多用され、強調されています。実は、『宮』は『主君』を象徴し、『商』は『臣下』を象徴すると聞いております。宮が弱いと、主君の権威が弱まることを意味し、商が強調されると、臣下が僭越を企むことを象徴します。主君の権威が弱まれば、僭越を企んでいる臣下に脅迫されるのも必然なことでしょう。物事は些細なことから始まり、音から探知することができます。また、音は人にさらに影響し、徐々に物事が変化するのもおかしくありません。この『涼州』は、いつか百姓たちは流浪の身となり、逆臣が反逆を起こすことを表していると、私には聞こえてしまいます。」

 これを聞いた玄宗は黙り込みました。後に唐王朝を翻弄した安史の乱が起こり、曲で国の運命を予測した寧王の憂いを証明しました。

 国の運命は音楽で分かる

 元王朝の文人・孔齋(コウ・サイ)は、元王朝の末の乱世をしのぎ、聞いた話を『至正直記』に集録しました。その中に、南宋の有名な忠臣・文天祥に関する物語があります。

 元王朝の初期、南宋の復権のために革命して失敗した南宋の丞相・文天祥は、燕京(えんきょう、現在の北京)に軟禁されました。燕京に到着した文天祥は、元王朝軍隊の軍歌『アラライ』という歌を聴いて、非常に驚き、これは何の歌かと尋ねました。元の人は「これは我々元の人の歌です。北の方から伝わってきました」と答えました。文天祥は「これが黄鐘(こうしょう)の音です。宋は復権できるはずがありません」と嘆きました。

 『アラライ』の歌を聴いただけで、文天祥はどうやって宋の運命を分かったのでしょうか。答えは「黄鐘」の音に原因があります。「黄鐘」とは、中国伝統音楽で用いられる「十二律」の一律目です。古代では、「黄鐘」は特別な意味を持ち合わせています。『淮南子・天文訓』によると、「黄鐘を宮とし、宮は君である」と書かれています。つまり宮の音は、すべての音を統べる音です。元王朝の軍隊が用いた『アラライ』という歌は、黄鐘を基調とした歌なので、元王朝が主君になることを意味していたのです。

 ラブソングは人にどんな影響を与えるか

 音楽から国の運命がわかるように、人々の日常生活にある些細な事から、その人の未来が垣間見えるそうです。例えば、筆跡からその人の健康状況が分かる人もいます。神様から伝わってきたとされる中国古典音楽は、人々によい作用をもたらすだけでなく、未来をも予測できます。現在の音楽は、恋を歌うラブソングが主流になっており、人々はますます恋と情の沼に浸かって抜け出せなくなります。欲情に浸かっている世の中の行く末を見据えることが出来ます。

昔の中国では、五声のそれぞれに身分的な意味を持っていた:

 宮 – 君主
 商 – 臣下
 角 – 民
 徴 – 事
 羽 – 物

(編集・清楽/翻訳・常夏)