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 中国メディア「三晋都市報」の報道によると、2009年3月28日19時11分に山西省忻州市の県級市である原平市(げんへい-し)でマグニチュード4.2の地震が発生しました。当時、山西省臨汾市汾西県に住む57歳の農家、趙洪澎さんは、地震を正確に予測できました。さらに、2008年に5.12汶川地震(四川大震災)が発生する2日前、彼は村の人々に「中国で大きな地震が起こるだろうが、場所は不明だ」と予言しました。さらに驚くべきことは、地震予知したこの地元の農家が、小学校の教育しか受けたことがなく、観測機材もなしに肉眼で空を30年観察した経験のみだったということです。

 では、彼はどのようにして経験を培ったのでしょうか?趙さんによると、彼がいつも携帯しているノートには、「(旧暦)8月15日に雲が月を覆い隠したら、旧正月の初日に大雪が降る」「8月の初めに雨が降ったら、翌年に農耕が難しくなる」など、気象学に関する中国昔の言い伝えがたくさん書かれています。ノートはまた、彼が観察した太陽と雲の形、および予測が検証された後の喜びを記しています。彼は「長年に渡る観察と実践によれば、私の地元では今年の夏には豊作だが、秋の作物は収穫できない。そして今、これが的中した」と言いました。

 記者は「あなたの肉眼で空を観測する技術は科学的ですか」と尋ねました。彼は「あるに違いない。私は教育を受けていないが、天体の動きが周期的であることは知っているので、天気の変化は必ず一定の規則に従っている。古来より天象を観察し、農作業を営んでいた古人の記録がある。

 2004年、山西省襄汾県陶寺郷で4000年以上前の古代気象台が発見されたので、それを見に行ってきた。遺跡を見る限りでは、古代人が使用する方法は基本的に私のものと同じだ。古代には『三十年は川の東、三十年は川の西(三十年河東、三十年河西)注1』という言葉があり、これは人についてだけではなく、自然にも言えることだと思う。もう一つよく言われるのは『一年の計は春にあり』ということだ。このことわざに触発されて、空の観察に役立っている。そして、毎年旧暦正月の15日の前に、1年間の天気予報を作っていて、実際の状況とほぼ同じだ」と答えました。

 古人が気象の観察を通して予測できることは、それなりの根拠があります。趙氏は小学校で数年勉強しただけで、古代気象学の言い伝えや古代からの天象の観察・実践・対比で、肉眼で天象を観測することに独学で成功への道を見出したのです。

 古代中国の人々の気象学は、『尚書・堯典』にも記録されています。堯氏は羲氏と和氏に、天の意志を尊重し、太陽・月・星の観察結果を基に暦を作り、慎重に民に伝えるように命じました。

 古代の人々は、天の機に従うことで偉業を成し遂げられると信じられていました。孔子は、『春秋』を改訂し、「旧暦の正月」と書いた原因は、一年の始まりを尊重することにあります。王は天を見習って、自然の原理に従うべきです。天は映像や音よりも速く人に反応するのです。

 また、古代では世のすべては陰陽五行に由来し、その変化や発展には深い内的要素があると伝えられています。国家や社会の人道も、天地の道と密接な関係があります。一方で、地上の状況によって、天にも異変が生じることがあります。これがいわゆる「天人合一(注2)」という宇宙観です。

 残念ながら現代では、こうした中国の伝統文化が衰退し、近代科学や実証科学に取って代わられてしまっています。しかし、現在趙さんの数十年に渡る実践で古代の方法が有効であると確認されました。

注1、「三十年河東、三十年河西」とは、黄河はよく川筋が変わるので、元々川の東側だったところが何十年すると西側に変わっていたりすることを、世の中の盛衰は常に移ろい易いことのたとえに使われます。

注2、「天人合一」(てんじんごういつ)とは、伝統科学、伝統文化の基礎的な考え方の一つです。この考え方は、宇宙と人間は一体関係にあり、宇宙のすべての要素が人間に影響を与えていて、人間の変化はすべて宇宙の作用を反映しているのです。

(作者・沈昀/翻訳・玉竹)