広西チワン族自治区横州市(おうしゅうし)で複数のダムが決壊してから、すでに丸1カ月が過ぎました。しかし、被災地の傷跡は今も癒えていません。泥は残り、ゴミも残り、悪臭も消えていません。さらに人々を不安にさせているのが、本来なら当局によって明確に否定されているはずの一つの可能性です。被災者の間では今、感染症の流行がすでに始まっているのではないか、という話がひそかに広がっています。
7月初め、連日の豪雨により横州市内の複数のダムで危険な状況が発生しました。六藍(ろくらん)ダムが決壊し、その真下にあった独田村(どくでんそん)は一瞬にして跡形もなくなり、数十棟の住宅が濁流にのみ込まれました。現地では家主がこの機に便乗して家賃をつり上げ、もともと月4600円余り(200元)だったワンルームが、現在では1万円余り(4、5百元)まで値上がりしています。被災者は住む場所を失ったうえに、さらにこうした二重の搾取にも苦しめられています。
校椅鎮(こういちん)独田村の住民、韋(い)さんはこう話します。「ここ数日、風邪をひいて、声がかれている。ダムの決壊箇所に近すぎて、家は基礎まで全部なくなった。ジャスミン畑も全部なくなって、根こそぎ流された。収入もなくなった。親戚の家に身を寄せている人もいるし、家を借りている人もいる。本当にかわいそうだよ。若い人たちは外へ働きに出ている」
しかし、ここで言う「風邪」は、単なる風邪ではない可能性があります。広西の疾病予防当局は災害後、洪水が引いたあとに特に警戒すべき病気の一つとして、レプトスピラ症を挙げていました。病原体を含む動物の尿によって水が汚染され、皮膚の傷口などから病原体が体内に侵入します。潜伏期間は1週間から2週間で、初期には発熱、倦怠感、脚の痛みなど、風邪によく似た症状が現れるため、普通の風邪と間違えられ、治療が遅れるケースもあります。
同時に、臨時避難所は多くの人で混雑し、換気も悪いため、インフルエンザなどの呼吸器感染症も広がりやすい環境です。このほか、現地の感染症対策の専門家は、災害後に発生しやすい病気として、さらに3種類を挙げています。
一つ目は腸管感染症です。洪水によって水源や食べ物が汚染されると、赤痢、腸チフス、ノロウイルスなどが広がりやすくなります。二つ目は食中毒などの食物由来の病気です。高温多湿の環境では食品が非常に腐敗しやすくなります。三つ目は蚊などが媒介する感染症です。水たまりが増え、蚊が大量発生すると、デング熱や日本脳炎が広がる危険性も高まります。
つまり、被災者の間で相次いで聞かれる「風邪」が、単なる季節性の体調不良なのか、それとも洪水によって引き起こされた感染症なのか、おそらく被災者自身にもはっきり分からない状況なのです。
注目すべきなのは、被災者から相次いで体調不良の声が出始めていた一方で、南寧市当局は7月の記者会見で、「集団感染および突発的な公衆衛生上の事案は現在報告されていない」と明言していたことです。
当局はさらに、4200人余りと延べ1300台余りの車両を動員し、泥やゴミの撤去を進め、300人余りの専門スタッフを派遣して監視や消毒作業を行ったとしています。しかし、それから1カ月が過ぎても、こうした大規模な清掃活動は、独田村や亜陂村(あひそん)のような被害が最も深刻な地域には、明らかに十分届いていません。当局の「報告されていない」という言葉と、被災地で広がっている話との間には、微妙な隔たりがあります。
7月6日、雲表(うんぴょう)ダムが決壊し、亜陂村を直撃して、多数の死傷者が出ました。村民によると、多くの被災者はほとんど支援を受けられず、通りかかったボランティアに物資を分けてもらうしかなかったといいます。
雲表鎮亜陂村の住民、劉さんは当時をこう振り返ります。「あの時は、大勢の村民が山へ逃げて、なんとか命拾いした。三番目の叔父の娘が流されて、叔父は一晩で白髪になった。ジャスミン畑は、もしショベルカーが1台でもあればいいんだけど、畑の中は全部泥だらけだ。もう1カ月になるのに、ゴミを回収する人たちだけでは、とても処理しきれない」
現場での清掃作業の過酷さは、単に体力的な問題だけではありません。現地で独自に撮影された映像では、横州市で泥の撤去作業に参加したボランティアが、長時間にわたって汚泥や汚水に触れた結果、両手両足の皮膚がただれ、真菌感染を起こしている様子が映っています。
また、洪水が引いたあとも動物の死骸が水の中に浸かったまま腐敗し、周囲には消えない腐敗臭が漂っているとの報道もあります。住民たちは、感染症がいつ大流行してもおかしくないのではないかと不安を募らせています。
ある映像では、養豚場の豚が洪水ですべて死に、死骸が養豚場内に積み重なったまま腐敗している惨状が映っています。養豚場では死んだ豚を撤去する人を募集し、1日約4万6000円(2000元)の報酬を提示しても、なかなか人が集まらないといいます。
ダム上流にある鎮龍郷(ちんりゅうきょう)の状況は、さらに深刻です。現地では大規模な土砂崩れが相次ぎ、複数の村が土石流に襲われ、多くの住宅や農地が流されました。一部の山間部の村では今も道路が通じておらず、救援隊がなかなか入れない状況が続いています。
災害後に出た当局系メディアの報道でさえ、ダム決壊から96時間が過ぎても、鎮龍郷の一部の村が依然として「孤立した島」のような状態だったことを認めています。山道は険しく、各地で崩落が起き、大型重機すら救援に入れません。洪水によって橋そのものが流された場所もあります。
鎮龍郷の住民、黄(こう)さんはこう話します。「鎮龍郷ではたくさんの村で土砂崩れが起きた。水につかった村もあるし、流されて壊れたところもある。6日の朝は2階まで水が来た。六藍ダムが決壊したあと、水が下の方へ流れていった。奥にはまだいくつもの村があるけど、今も道路が通じていない。ネットもつながらない。誰も取り上げてくれない」
鎮龍郷の山間部にある村々は、もともと農地が少なく、土地も痩せていて、主にトウモロコシや落花生を栽培しています。若者の多くは長年、出稼ぎで生活を支えているため、泥を取り除く重労働は、ほぼすべて村に残った高齢者の肩にのしかかっています。村民によると、人力だけでは数カ月かかっても片づけきれないといいます。
鎮龍郷の住民、羅(ら)さんは、やりきれない様子でこう話します。「一番ひどいのは土砂崩れだ。水は屋根まで来て、うちの物は全部流された。家の中は今も泥だらけで住めない。ボランティアも入ってこないから、自分たちで片づけるしかない。それぞれの家庭が自分たちで家を復旧している。どうして上の人たちが報告しないのか、私にも分からない。家にいるのは高齢者が多くて、若い人は外へ稼ぎに出ている。最初は村の人も大勢戻ってきて片づけていたけど、長期の休みを取ったら仕事まで失ってしまうからね」
災害から1カ月が過ぎました。当局の発表には「安定」や「集団感染は報告されていない」という言葉が並んでいます。しかし村々から聞こえてくるのは、いつまでも治らない「風邪」、手足がただれたボランティア、そして重く響く「誰も取り上げてくれない」という言葉です。
真相は、いったい何層もの泥の下に埋もれているのでしょうか。それを掘り起こすには、さらに多くのカメラが現地に入る必要があるのかもしれません。
(翻訳・藍彧)
