2026年の春以降、中国各地の有名な寺院で、前例のない一斉的な「寺院閉鎖」現象が起きています。山門が固く閉ざされ、香炉が埃をかぶる中、周囲には異常なほど張り詰めた、物々しい雰囲気が漂っています。各方面からの情報やSNSでの反応を総合しますと、五台山、普陀山、峨眉山、泰山といった有名な観光地や、洛陽の応天門など各地の景勝地に、実弾入りの銃を構えた完全武装の武装警察(人民武装警察部隊)が多数配備されました。彼らは入り口を警備するだけでなく、仏像の前にまで陣取っています。装甲車が門を塞ぎ、覆面姿の部隊が銃を構えるといった、まるでテロリストを迎え撃つかのような重武装ぶりは、世間に大きな衝撃を与え、広く注目を集めています。
これは局地的な偶然の出来事ではなく、全国の主要な宗教施設を対象とした、国主導の組織的な取り締まりであることがわかっています。公表されている情報によりますと、中央宣伝部、民政部、公安部、国家宗教局など12の政府機関が合同で発動したこの大規模な作戦により、2026年4月の時点で、全国で500を超える仏教や道教の寺院が閉鎖、あるいは整理の対象となっています。この厳しい取り締まりの嵐の中、山西省五台山の五爺廟、杭州の霊隠寺、北京の雍和宮、河南省の少林寺といった名刹が相次いで一時閉鎖や内部整頓の告知を出しました。真っ先にターゲットとなったのは寺院内の商業施設です。例えば雍和宮は敷地外の仏具店を全面的に閉鎖し、少林寺は4月15日までにすべての仮設店舗の撤去を命じられ、年末までに商業施設を完全に排除するよう求められました。皮肉なことに、この徹底した排除によって、これまで寺院に寄生していた「偽僧侶」たちが行き場を失う事態も起きています。彼らは路地裏や小さなショッピングモール、さらには住宅街へと流れ込み、「ご縁がありますように」と数珠を押し付けて通行人から金銭を騙し取るという昔ながらの手口を続けています。ネット上では「以前は寺院の中で稼いでいたのに、今は追い出されて路上で稼ぎ続けている」と冷ややかに受け止められています。
中国全土の霊山や名刹を巻き込んだこの騒動の伏線は、おそらく以前から張られていたものと考えられます。2025年7月、外部から「政治に深く関わる僧侶」と見なされていた前少林寺住職の釈永信氏が失脚しました。当局の発表によりますと、同氏は横領などの刑事犯罪やプロジェクト資金の流用、仏教の戒律に対する重大な違反などの疑いが持たれており、その贅沢な生活ぶりは世間を騒然とさせました。しかし多くの専門家は、彼の失脚は宗教界における巨大な利権構造の崩壊を象徴するだけでなく、当局による莫大な宗教資産接収の始まりであると指摘しています。北京の宗教界内部で囁かれている噂によりますと、国の財政が著しく悪化している状況下で、当局はすでに全国の主要な寺院の管理権を握り始めており、宗教関連の収入が正式に国家の財政システムに組み込まれたとのことです。さらに、一部の宗教施設では軍隊式の管理が導入され、集まったお布施や賽銭が最終的に軍隊へと流れ、軍の給与支給に充てられているという話すらあります。
経済的な観点から見ますと、これは単なる宗教政策の引き締めというよりも、むしろ巨額の「隠れ資産」に対する強制的な徴収という側面が強いと言えます。過去数十年間、各地方政府は長きにわたり、宗教施設を観光の目玉にして地域経済を潤すビジネスモデルを推進し、有名な寺院や山々を地方財政の「貴重な資金源」として利用してきました。しかし、近年の不動産バブルの崩壊に伴う地方政府の深刻な財源枯渇や地方債務の膨張により、正規の税務監査から外れていた莫大な規模の宗教資産は、当然のように中央政府の格好の標的となりました。当局は「商業化の排除」という大義名分を掲げて施設の接収を行っていますが、実質的には、財政が極度に逼迫する中で行われた、社会全体の富に対する事実上の強制的な再分配だと言えます。
統制がエスカレートし続けるにつれて、人々の不満は急速に高まっています。ある事情に詳しいネットユーザーの投稿によりますと、今回の全国的な有名観光地の封鎖や通行止めは、2027年末まで続く可能性があるとのことです。中国の歴史を振り返りますと、「三武一宗の法難」と呼ばれる仏教弾圧事件が何度か起きていますが、その主な動機の多くは、時の皇帝が労働力を確保したり、寺院の土地や財産を没収して国庫を潤したりすることでした。今日のこの騒動を、一部の人々は現代版の「廃仏運動」と受け止めています。過去の歴史と比較しますと、現在の弾圧も同様に深刻な財政難を解消するという色彩を強く帯びていますが、そこには現代の強権的な体制維持特有の物々しさが加わっています。武装警察や装甲車を動員して仏像を監視するという極端なやり方は、絶対的な統制下にない人々の集まりや信仰の繋がりに対する、政権側の強い警戒心と恐怖心を反映していると言えるでしょう。
武装警察が観光客に銃口を向けるという異様な光景を前に、世間では困惑と不安が広がっています。多くのネットユーザーがこの光景を「前代未聞だ」と驚き、なぜテロリストを扱うような物々しい陣形で一般市民を脅かす必要があるのかと疑問の声を上げています。広く共感を呼んだあるコメントは次のように述べています。「ある政権が人々の信仰すらも没収して現金化し、国家機構の維持に充てようとする時、それは単なる統制ではなく、財政難に陥った末の極端な選択肢に他ならない」。この空前の「寺院閉鎖」騒動は、近年強化され続ける宗教への締め付けと経済の低迷を背景に、決して無視できないほどの不満のマグマを、人々の心の中に確実に溜め込みつつあります。
(翻訳・吉原木子)
