3月19日午前11時49分、内モンゴル自治区アルシャー盟トングリ経済技術開発区にある利元科技有限公司で大規模な爆発事故が発生しました。耳をつんざくような轟音とともに、恐ろしいキノコ雲が空高く舞い上がりました。強烈な衝撃波が津波のように押し寄せ、周辺の店舗のガラスは瞬時に粉々に吹き飛びました。60キロ離れた場所に住む住民でさえ強い揺れを感じて、「まるで大地震だ」と驚きの声を上げました。事後の映像では、中心部の作業場が完全に崩壊し、頑丈な金属の骨組みも飴細工のように曲がり、周囲には黒焦げになった破片が散乱しており、爆発の凄まじさを物語っています。
新華社などの第一報によると、現在のところ爆発で2人が行方不明、3人が負傷しています。現場は寧夏回族自治区中衛市の市街地からわずか20キロの距離にあるため、一刻を争う救命措置として、負傷者は自治区の境界を越えて中衛市人民病院へ緊急搬送され治療を受けています。
当局の消防隊員によると、工場内の液体貯蔵タンク(塩酸タンクと推測)が爆発したとみられます。専門家は、ニトロ化を行う「硝化作業場」は化学工業における「火薬庫」だと指摘します。温度制御が少し狂うだけで容易に熱暴走を起こし、大型爆弾並みの爆発を招く危険な発熱反応だからです。さらに、爆発したのが腐食性と揮発性の高い塩酸タンクであったことで、高温により化学物質が混合し、猛毒を含む煙が大量に放出されるという深刻な事態を引き起こしました。
さらに懸念されるのは環境への脅威です。現場は生態系の脆弱なトングリ砂漠に隣接しており、希少な地下水は乾燥地域と周辺オアシスの住民を支えるかけがえのない命綱です。強酸や猛毒の化学物質が爆発で飛散し砂地に浸透すれば、この貴重な浅層地下水を直接汚染してしまいます。砂漠の地下水は自浄能力がほぼ皆無であり、一度汚染されれば回復は極めて困難で、長期的な「生態系のデッドゾーン」を形成しかねません。現地の自然環境に対する、取り返しのつかない脅威なのです。
この惨劇は工場を吹き飛ばし、砂漠の生態系を脅かしただけでなく、危険を伴う化学企業の背後にある労働者の過酷な労働環境をも浮き彫りにし、周辺住民や多くのネットユーザーの同情と憤りを呼んでいます。事情に詳しい複数のネットユーザーは、問題の工場の立地が極めていびつであると指摘しています。管轄地である内モンゴル自治区アルシャー左旗からは260キロも離れているのに、寧夏回族自治区中衛市の周縁部に寄り添うように位置しているのです。この特殊な地理的条件により、工場内の現場で働く労働者は、ほぼ全員が生計のために中衛市から出稼ぎに来ている人々となっています。ある関係者は、工場の劣悪な労働環境について悲痛な声を上げています。「工場は長期間にわたり過酷な2交代制を敷いており、労働者は毎日、異臭が充満する中で12時間もの重労働を強いられています。慢性的な睡眠不足と極度の疲労から、勤務中に意識が朦朧とする人も少なくありません」と。少しのミスも許されない化学工場において、人間の疲労は最大の危険因子となります。ネットユーザーたちは「このような搾取的な環境では、事故が起きない方が偶然であり、事故が起きるのは遅かれ早かれ必然だったのです」と怒りを露わにしています。
それと同時に、廃墟と化した現場を前に、当局による「2人行方不明、3人負傷」という被害状況の発表にも多くの疑念の声が上がっています。あれほど広範囲に及んだ衝撃波の威力を考えれば、誰もが首をかしげざるを得ません。「これほど巨大で、しかも稼働中だった作業場に、たった5人しかいなかったなどということがあり得るのでしょうか」と。さらに事故発生後、地元メディアが当初沈黙を保ち、他省のメディアが先に報じたという情報の遅れも、事実が隠蔽されているのではないかという市民の懸念を深める結果となっています。
わずか2ヶ月前にも、内モンゴル自治区の包鋼集団で9人が死亡、84人が負傷する凄惨な爆発事故が起きたばかりです。なぜこうした事故が頻発するのでしょうか。背景には共通する構造的問題があります。第一に、行き過ぎたコスト削減です。安全対策への投資を無駄とみなし、老朽化した設備をだましだまし使っています。第二に、現場労働者への過酷な搾取です。低賃金で専門技術者が流出し、極限の疲労状態で経験の浅い労働者が作業にあたるため、操作ミスが必然的に跳ね上がります。最後に、「GDP至上主義」による監視体制の機能不全です。一部の工場は今回のように、管轄の境界線にあたるへんぴな地域をわざと選び、厳しい審査から逃れようとしているのです。
飛び散った破片が片付けられ、キノコ雲が風に消え去れば、世間の関心はすぐに薄れてしまうでしょう。しかし、毎日境界を越えて出稼ぎに行く中衛市の人々にとって、複雑な「構造的問題」や壮大な「経済データ」などどうでもいいことです。彼らはただ、身を削るような労働に耐え、家族を養うためのわずかな賃金を稼ぎたいだけなのです。公式発表の数字がどれほど小さくとも、それが自分の家庭に降りかかれば、人生が根底から覆される悲劇となります。現地の人々の願いは極めて素朴です。いつ壊れてもおかしくない設備を少しでも減らし、納期に間に合わせるために意識が朦朧とするまで無理に働かせないでほしい。砂埃の舞う中、12時間勤務に向かうすべての労働者が、最後には無事に自宅のドアを開け、家族と安心して温かいご飯を食べられるようにしてほしい。ただそれだけなのです。
(翻訳・吉原木子)
