近日、中国各地の高速道路で痛ましい重大な交通事故が相次いで発生しています。その中には、戦慄を覚えるような突発的な大火災もあれば、過激な抗議活動家による意図的な破壊行為が引き起こした多重事故の惨劇もあり、現在の社会環境に潜む安全上の死角と深刻な社会矛盾を浮き彫りにしています。
3月16日午前10時33分頃、大広高速道路の河北省粛寧区間(粛寧サービスエリア付近)で大規模な車両火災が発生しました。数十台の乗用車を積んだ大型キャリアカーが走行中に突然炎上したのです。たまたま車で通りかかった目撃者によると、事故車両の横を素早く通り抜けようとしたところ、突然大きな爆発音が鳴り響き、一瞬にして炎が燃え広がったとのことです。この目撃者の車の右側ボディも炎の熱で熱を帯び、同乗者は恐怖のあまり悲鳴を上げたといいます。
現場の映像を見ると、火の勢いは極めて激しく、黒煙が空高く立ち上り、トラックに積まれた小型車は次々と火の海に飲み込まれていきました。事故発生後、地元の消防や高速道路警察などが直ちに現場へ急行し、沿線の複数のインターチェンジでも一時的に通行止めの措置が取られました。同日午後3時頃、警察により鎮火が確認されました。激しい炎に飲み込まれた結果、トラックと積載されていた小型車の大部分は黒焦げの骨組みだけとなり、後部の3台だけが辛うじて難を逃れました。
具体的な火災原因は現在も調査中ですが、すでにネット上では大きな議論を呼んでいます。燃え広がり方が非常に速く、消火が困難であったことから、トラックに積まれていたのは電気自動車(EV)である可能性が高いと推測する声も少なくありません。また、このような輸送車は修理工場で違法に改造されたキャリアカー(中国のネットスラングで「飛行機板」と呼ばれます)であることが多く、常時高速道路を走行していること自体に極めて大きな安全上のリスクがあり、事故を起こせば保険が下りないケースもあると指摘されています。
河北省での火災が不慮の事故だとするなら、最近各地の高速道路で発生している多重事故は、背筋が凍るような人為的な報復という深い闇を浮き彫りにしています。
3月14日未明、複数のSNSユーザーが緊急の交通情報として、蘭南高速道路の許昌サービスエリア付近で多重追突事故が発生したと発信しました。現場は炎に包まれ、爆発音も伴う非常に凄惨な状況でした。一般市民が死傷者の状況を心配し、公式な詳細発表が待たれる中、事件は驚くべき展開を見せました。
3月16日、中国の社会事件を長年注視している海外のXアカウント「羅翔」氏が、「浙江省の金融被害を訴える活動家」を名乗るグループからの投稿を受け取ったと暴露しました。このグループは、今回の許昌南サービスエリア付近での多重事故は自分たちの犯行であるとする声明を出し、高速道路上に意図的にポリタンク30個分のエンジンオイルを撒き、その結果50台以上の車が衝突し、数十人の死傷者を出したと明かしました。彼らは投稿の中で、この行為は中国当局が浙江省の金融被害者たちを継続的に逮捕し、「維穏(社会の安定維持を名目とした弾圧)」を行っていることへの抗議であると主張し、「当局が私たちに説明を行わない限り、私たちはやり続ける」と脅迫しています。
驚くべきことに、このグループが過激な手段に出たのはこれが初めてではありません。公開された資料によると、今年発生した複数の高速道路での多重事故は、いずれも彼らが意図的に社会へ報復した結果だということです。例えば、1月25日に二広高速道路の山西省楡社区間で発生した35台の多重事故や、2月27日に広西チワン族自治区の賀西高速道路で18リットルのエンジンオイルが撒かれて起きた交通事故も、抗議活動を阻まれた同グループが実行した狂気じみた報復行為だったとされています。彼らはさらに、自分たちの要求が通るまで、より多くの都市の高速道路で「エンジンオイル報復」を行うと予告しています。
「どうせもう何の希望もない」という彼らの過激な発言に対し、前述の「羅翔」氏は何度も親身になって「恨みがあるなら直接その相手に晴らすべきだ。社会に報復して無関係の人を巻き込まないでくれ」と説得を続けてきたといいます。
自らの不満や絶望を、無実の市民に対する無差別な攻撃へと転化させるこのような行為は、ネット上で強い憤りと非難の声を集めています。多くのネットユーザーが次々とコメントを寄せ、どのような理不尽な目に遭ったとしても、高速道路を走る一般の運転手や乗客が憎しみを発散するための犠牲になるべきではないと述べています。ネットユーザーからは、「お金を騙し取られたのなら、その相手のところへ行け。高速道路の通行人が何の罪があるというのか」「これは紛れもないテロ行為だ」といった厳しい指摘が上がっています。同時に、この悲劇は深い社会的な矛盾を反映しているものの、弱者がさらに弱い者に刃を向けることは、最終的により悲惨な結果を生むだけだと嘆く声も少なくありません。
(翻訳・吉原木子)
