かつて、台湾で芸術学校の生徒指導主任を務ていた董(とう)と申します。当時体験した心に響くエピソードをご紹介したいと思います。
ある日の保護者会が終わった後のことでした。背が高く、坊主頭で、鋭い眼差しをした一人の保護者・陳さん(仮名)が、一番後ろの席からゆっくりと私の方へ歩み寄ってきました。周りに誰もいないことを確かめると、彼は「先生、少しお話ししてもよろしいでしょうか?」と、静かに口を開きました。
心に積もった二年の氷壁
陳さんは、一人息子である家豪くん(仮名)との間に起きた出来事を打ち明けてくれました。二年前のある日、陳さんは家豪くんと激しい口論になりました。反抗期だった家豪くんは非常に無礼な態度で口答えをし、陳さんは思わず激昂して「これ以上口答えしたら殴るぞ!」と怒鳴りました。しかし、家豪くんがさらに反抗を続けたため、陳さんは怒りに任せて息子の頬を平手打ちしてしまったのです。
叩かれた家豪くんは、父をじっと睨みつけたまま、一言も発さずにその場を立ち去りました。それ以来、家豪くんは父親に対して一切の言葉を拒むようになったのです。
陳さんは、一人息子のために人生のすべてを捧げてきました。仕事での成功も、日々の努力も、すべては家豪くんの幸せのためでした。深く愛しているからこそ、息子にそんな態度をとられることが許せませんでした。しかし家豪くんは、あの日以来二年以上もの間、父親をまるで存在しないかのように無視し続けました。たとえ家の中で廊下ですれ違っても気づかないふりをし、用件はすべて母親を介して伝える。陳さんが話しかけようとすれば、すぐに背を向けて立ち去ってしまいます……。
「先生、私は本当につらくて、どうすればいいのか分からないのです。どうか助けてください」と、陳さんは絞り出すような声で私に訴えました。
解決策は本当にないのか?
二年にわたる「冷戦」は、一朝一夕に解決できるものではありません。私は「少し時間をいただけますでしょうか。毎朝、授業の前に個別指導を行いましょう。まずは一年間、様子を見ていただけませんか」と提案しました。しかし陳さんは「一年も待てません! 先生、私はもう二年以上も苦しんできたのですよ」と悲痛な声を上げました。
「では、放課後も指導を入れましょう。半年でなんとか……」と言いかけましたが、彼は「先生、一か月も待てないのです。この苦しみは、もう一週間だって我慢できません」と頭を抱えてしまいました。
そこで私は、ある提案をしました。「陳さん、それなら一度、先入観を持たずに家豪くんと奥様を連れて、この公演をご覧になってみませんか」と言いながら、これから開幕する「神韻芸術団」のパンフレットを渡しました。
陳さんは「これに何の意味があるのか」と言いたげに目を見開きました。私は「指導の過程で、アートセラピーを取り入れることもあります。家豪くんはチェロを習っているとお聞きしました。即効性をお約束はできませんが、この舞台がお二人の助けになると信じています。ぜひ行ってみてください」と背中を押しました。
氷が溶けた日
陳さんはなんとか家族を説得し、三枚のチケットを入手しました。公演当日、陳さんは自分の車で、奥様と家豪くんはタクシーで会場へ向かいました。ところが、終演後に帰宅する際、陳さん一家は三人揃って一台の車に乗っていたのです。陳さんが「車で送るよ」と声をかけると、家豪くんは素直に父親の後について車に乗り込んだのでした。
陳さんが運転席に座り、車を発進させようとしたその時、後部座席から家豪くんの声が聞こえてきました。
「父さん、おなかすいた?」
――陳さんは後日、涙ながらに電話で報告してくれました。「先生、その瞬間、涙が溢れそうになりました。あんなに長く口をきいてくれなかった息子が、口を開いた途端、私を気遣ってくれたのです。その一言で、二年間の苦しみやわだかまりが、たちまち消え去りましたよ」と陳さんの話を聞いて、私もとても感動しました。
それからの家豪くんの変化には驚かされました。以前は母親が呼んでも返事すらしなかったのに、今では自ら進んで掃除や料理を手伝うようになったそうです。「本当に見違えるように変わったのですが、先生、これは一体なぜなのでしょうか?」と、陳さんは嬉しそうに尋ねてきました。
心の山を割った「孝行」の斧
後日、私は家豪くんと話をしました。彼は「素晴らしい舞台でした。一番感動して涙が止まらなかったのは、『山を割って母を救う』という演目でした」と教えてくれました。
それは、神と人間の間に生まれた少年・沉香(ちんこう)が、天の掟を破ったとして華山に閉じ込められた母を救い出す物語です。幼い沉香は仙人に弟子入りし、母を助けるために寒暑をいとわず懸命に修行に励みます――。
この場面を観て、家豪くんは自問したそうです。「沉香はこんなに幼いのに、命懸けで親孝行をしている。それに比べて、僕はどうなんだろう?」
数年後、成長した沉香は師から授かった「花斧」を手に、伯父である二郎神との戦いに挑みます。そしてついに斧で山を真っ二つに割り、母を救い出したのです――。
家豪くんは静かに語りました。「あの山が割れた瞬間、僕の心の中の重荷も一緒に消えた気がしました。あの日、父にひどい口答えをした自分が悪かった。そんなことはずっと分かっていましたが、どうしても悔しくて、どう謝ればいいか分からなかった。それが悲しくて、また意地を張って……。でもあの日、あの山が割れるのを観て、過去の屈辱なんてどうでもよくなったんです。でも、なんて話しかければいいか思いつかなくて、つい『父さん、おなかすいた?』って聞いたんです」
結びに
家庭内の確執は、時にどんな言葉よりも解決が難しいものです。しかし、この父子は舞台を鑑賞したことで、二年の月日を飛び越えて心を通わせることができました。神韻芸術団の舞台にはセリフがほとんどありませんが、その物語と舞踊には、言葉以上に魂に直接訴えかける力があります。
もし、あなたも大切な人との関係に糸口を見つけられずにいるなら、ぜひ一度、この舞台を鑑賞してみてください。
(文・董先生/翻訳編集・常夏)

