こちらは中国・河南省許昌市(きょしょうし)にある胖東来(パンドンライ)スーパーです。その驚異的な顧客サービスと独自の経営哲学から、中国で「小売業界の神」と称され、「閑散期が存在しないスーパー」とまで言われています。

 2025年12月23日、河南省新郷市(しんきょうし)に胖東来の大型商業施設がオープンしました。現場は人であふれ返り、まさに大盛況でした。この施設はスーパー、飲食店、映画館、小売店が一体となった複合型商業施設で、新郷市中心部では最大規模のショッピングモールです。こうした光景は旧正月やそのほかの祝日だけでなく、ごく普通の週末にもたびたび見られます。

 しかし、こうした人気ぶりの一方で、3月8日、胖東来の創業者で董事長の于東来(う・とうらい)氏が、SNS上で大きな議論を呼ぶ決定を公表しました。会社はおよそ920億円(40億元)の資産を、全社員に分配するというのです。

 公開された分配案によりますと、胖東来は総額約872億円(37.93億元)の資産を、管理チームに約50%、一般社員に約50%という割合で配分します。職位ごとに等級が分かれており、最上位となる店長クラスでは1人あたり約4億6000万円(2000万元)を受け取れる一方、現場の一般社員にあたる最低等級でも1人あたり約460万円(20万元)が支給されます。今回の資産分配には、企業全体でおよそ9000人の社員が参加することになります。

 この発表が出ると、中国のネット上では一気に大きな話題となりました。うらやましいという声が相次いだ一方で、「本当にそんなことがあるのか」と疑う声も少なくありませんでした。これに対し、3月11日、于東来はあらためて「これは事実です。もう憶測しないでください」と投稿し、真実だと強調しました。

 さらに3月14日には、この資産分配について詳しく説明しています。それによると、こうした仕組みは実は胖東来が20年以上続けてきた制度であり、今回初めて行うものではないとのことです。今回は鄭州市に新店舗を建設する計画があるため、資産を株式化する必要が生じ、その過程で財産権を個人名義にはっきりさせたにすぎないと説明しました。ただし、名義が個人に分かれるだけで、資金そのものは今後も引き続き企業運営に使われるとしています。于東来自身が受け取る割合は、今回全体の約5%だけで、金額にするとおよそ46億円(2億元)だと述べています。

 胖東来の本社は河南省許昌市にあり、地元でもっとも影響力のある企業の一つとして知られています。会社は1995年に設立され、現在は河南省内の複数の都市で大型スーパーやショッピングモールを展開しています。

 中国のビジネス環境を見ても、これほど大規模に企業資産を社員へ分配する例は極めて珍しく、多くの論評では、これを独自の経営理念の表れだと受け止めています。于東来はこれまで公の講演やインタビューの場で、何度も同じ考えを語ってきました。企業が存在する本当の価値は、社員が幸せに暮らせるようにすることにある、という考え方です。

 こうした理念は、胖東来の社内制度にもはっきり表れています。たとえば、勤務時間は比較的短く設定されており、社員の1日の労働時間はおよそ7時間です。さらに、有給休暇は年間で最大40日にもなります。以前には「給与を下げる代わりに休暇を増やす」という案が出されたこともありましたが、その際には8割を超える社員が現状の給与を維持することを選びました。このことからも、現場で働く社員の意思が、会社の重要な判断に大きく影響していることがうかがえます。

 2006年に行われたメディア取材の動画では、河南省のある女性が涙ながらに于東来との出来事を語っていました。当時、娘が大学に合格したものの、学費をどうしても工面できなかったそうです。その話を知った于東来は、自ら車を運転して彼女の家まで学費を届けに行ったといいます。こうした話は、地元では今も数多く語り継がれています。

 ただ、その一方で、今回の資産分配をめぐっては、ネット上で別の見方も広がっています。突然これほど大規模な資産分配が行われた背景には、地方政府との関係があるのではないか、という見方です。

 最近、中国のSNSでは、まだ確認の取れていない情報として、河南省や鄭州市のトップ幹部が于東来を招き、鄭州市内で初の店舗を出してほしいと要請した、という話が出回っています。しかもその際、政府側が商業施設を出資して建設し、その後に企業へ貸し出すと約束していたとも言われています。ところが、工事が途中まで進んだ段階で、当局が突然「資金が足りない」と言い出し、残りの建設費は胖東来側で負担してほしいと求めた、というのです。

 内部告発をした人物によりますと、当局がこうした要求を出したのは、胖東来が約943億円(41億元)規模の資金を持っていると把握したためだとされています。建設資金として「約920億円(40億元)が必要だ」と持ちかけたことで、「最初から胖東来の資金額に合わせて話を作ったのではないか」と疑う声まで上がっています。

 そのうえで、この情報を流した人物は、于東来が政府に搾取されることを嫌がり、先に企業資産を社員へ分配する道を選んだのではないかと主張しています。
今の中国では地方財政が厳しく、地方政府が企業に資金を求めること自体は珍しくないとして、「十分あり得る話だ」と受け止める人のほうがむしろ多いようです。

 ここ数年、中国では不動産市場の低迷が長引いており、地方政府にとって重要な収入源だった土地使用権の売却収入も大きく落ち込んでいます。その結果、各地の財政負担は一段と重くなっています。こうした状況のなかで、一部の地方政府は、大手企業による投資案件にこれまで以上に頼って景気を下支えしようとする傾向を強めています。

 そのため、胖東来の鄭州1号店プロジェクトにも大きな注目が集まっています。当初は2026年の元日までにオープンする予定とされていましたが、その後5月へ延期されました。さらに3月13日、于東来は開業時期を10月へ再び先送りすると明らかにし、その理由について「このプロジェクトをもっと良いものにしたいからだ」と説明しています。

 プロジェクトの進み方が何度も変わっているだけでなく、于東来本人も最近になって「引退」をにおわせる発言をしています。2月11日、于東来はSNSで、旧正月明けに引退し、今後は企業顧問に回ると発表しました。そのため、一部のネットユーザーの間では、今回の資産分配は「前もって進めていた準備の一つではないか」と受け止められています。

 また、昨年のある経済フォーラムでの講演では、于東来は次のように語っていました。「私は20年前から、いつかこういう結果になると分かっていた」。さらに、ほかの経営者たちに対しても、「利益を分けなければ、いずれ行き詰まる」と警告していました。この発言が最近になって再び掘り起こされ、ネット上ではさまざまな受け止め方が広がっています。

 「私たちが求めているのは自由であり、尊厳のある暮らしだ。どうして自分の尊厳まで差し出して、他人を喜ばせなければならないのか。はっきり言うが、私は20年前の時点で、今日の結果をすでに分かっていた。20年前から多くの経営者にこう話してきた。利益を分けなければ、最後はやはり行き詰まると」

 ネット上では、こんな声も出ています。「胖東来は金をすべて社員に分け与えた。だからこそ、奪い取ろうとしていた側は当てが外れた。契約の精神もないならず者は、結局なんでも奪おうとするだけだ」

 あるネットユーザーは「子どものころ、道端の不良に手に持っていたポン菓子を奪われそうになったことを思い出した。相手には勝てないと分かったので、結局その場でポン菓子を地面にばらまいた」と語っていました。

 許昌市の商業施設では、客たちはいつもと変わらず列に並び、買い物を続けていました。

 山東省から来た3人家族は、今回で4回目の胖東来訪問だったそうです。今回も買い物体験は非常に満足度が高く、それ以上に、店員の行き届いた対応にすっかり心を打たれたと語っていました。

 「娘が持っていた巻き寿司が床に落としてしまって、私が拾おうとしたら、店員さんがすぐ来て『大丈夫ですよ、もう1パック取りに行ってください』と言ってくれた。その瞬間、恥ずかしさで顔が真っ赤になったが、それ以上に感激した」

(翻訳・藍彧)